日本のがん治療が新たなステージへ
がん対策基本法で何が変わるか?

文:柳澤昭浩 NPO法人キャンサーネットジャパン事務局長
発行:2007年5月
更新:2013年12月

  

日本は男女共に、世界有数の長寿国となった。これは、診療のほとんどすべてが公的保険によってまかなわれるという「国民皆保険制度」によるところが大きい。国民は全国どこにいようと、一定水準の医療を一律の自己負担で提供されている。米国がGDP(国内総生産)の約15パーセントの予算を医療に投じているのに対し、日本は約半分の8パーセント。日本の費用対効果は大変高く、医療政策の観点からは、世界では類を見ない成功を収めていると考えられる。

では、このような日本において、なぜ今「がん対策基本法」が必要なのだろうか?

日本のがん医療が抱える3つの問題

(1) 諸外国で認可されている薬剤が未だ承認されていない日本

国立がん研究センターがん対策情報センター「がんの統計」によると、毎年50万人以上が「がん」に罹患(がんと診断される)し、30万人以上が「がん」で死亡しており、2人に1人は「がん」になり、3人に1人は「がん」で死亡する時代になっている。

このようななか、日本のがん医療には3つの大きな問題が潜んでいることが明らかになった。

まず1つは、世界で標準的に行われている治療法や薬が日本では使えないという問題だ。この問題を大きく知らしめたのは、「癌と共に生きる会」という患者会の代表だった故佐藤均さんだった。

佐藤さんは、大腸がんと闘いながら、世界では標準となっている治療薬オキサリプラチン(商品名エルプラット)が、日本では使えないという実態を示し、それはマスコミで大きく取り上げられた。

佐藤さんが早期申請を求めたオキサリプラチンは、転移性結腸直腸がんの治療薬として、欧米をはじめとする諸外国で1996年より認可されていた。しかし、国内で承認されたのは、2005年3月になってのことだった。

(2) 適応外使用の問題

2つめは、「適応外使用」の問題だ。多くの抗がん剤治療は、単一の抗がん剤を使用するのではなく、多剤を用いた併用療法が一般的に行われている。

ところが、そのなかに承認を受けていても、別のがん種や病態で「適応」になっていなければ、その抗がん剤が含まれる併用療法は行えないという問題が明るみに出た。事態を重く見た厚生労働省は、「抗がん剤併用療法に関する検討会」を発足させた。

[抗がん剤併用療法に関する検討会の討議結果を受けた適応拡大の進捗状況について]

平成16年11月29日付承認
乳がんの骨転移(パミドロン酸ナトリウム)
平成17年9月15日付承認
悪性リンパ腫瘍(シスプラチン)
承認固形がん(シスプラチン・カルボプラチン・アクチノマイシンD)
乳がん(エピルビシン・シクロフォスファミド)
消化器症状(デキサメタゾン・リン酸デキサメタゾン)
悪性リンパ腫(コハク酸メチルプレドニゾロン)
平成17年2月14日付承認
乳がん(ドキソルビシン)
骨・軟部腫瘍(イホスファミド・メスナ・ドキソルビシン・エトポシド)
小児固形癌(イホスファミド・メスナ・ドキソルビシン・エトポシド)
悪性骨腫瘍(イホスファミド・ドキソルビシン)
子宮体がん(シスプラチン・ドキソルビシン)
骨髄腫(ビンクリスチン・ドキソルビシン・デキサメタゾン)
頭頸部がん(フルオロウラシル)
脳腫瘍(プロカルバジン・ビンクリスチン)
大腸がん(レボホリナートカルシウム・フルオロウラシル)
出典:厚生労働省関係審議会議事録等

(3) 標準治療が適正に行われていない実態

さらに大きな問題がある。標準治療薬が適正に、地域間、施設間、医師間の格差なく使用されていないという事実である。標準治療が浸透してない点については、医療者からも指摘の声があがっている。

国立がん研究センター東病院を受診した「乳がん遠隔転移・遠隔再発例」の78症例の検討では、45パーセントの患者が「標準よりかなり外れる治療」、「害をもたらす可能性のある治療」を受けていた。

[国立がん研究センター東病院化学療法科の報告]

国立がん研究センター東病院を受診した「乳がん遠隔転移・遠隔再発例」の78例(2003年2月からの2年間)を対象に、標準治療が的確に実施されたか、実施された治療法が妥当であるかについて検討。

極めて標準的でエビデンスに則った治療 4人(5%)
標準として許容範囲内の治療 30人(38%)
標準よりかなり外れる治療 17人(22%)
害をもたらす可能性のある治療 18人(23%)
評価不能 9人(12%)

・一般的でないレジメンによる化学療法(20症例:26%)
  ドセタキセルの毎週、隔週投与(乳がんでの標準は3週に1回投与)
  パクリタキセルとフルツロンの毎週投与
・ホルモン非感受性例にホルモン療法を施行(14例:18%)
・転移・再発の1次治療の化学療法レジメンにキートラッグが入っていない(10例:13%)
(執筆者注:本調査においては、他院で施設倫理委員会の承認を得た臨床試験として実施されていた可能性は否定できない。また、患者の意向が未確認のため、医師が勧めた治療法を患者が選ばなかった症例が含まれている可能性も否定できない)

向井 博文ら『乳癌の臨床』2005年10月号

また、山王メディカルプラザの調査によると、2003年9月からの2年間にセカンドオピニオン外来を訪れた乳がん患者175名の評価において、41パーセントの患者が「標準的ではなく推奨できない」、「標準治療ではなく患者は不利益を被っている」という。

[山王メディカルプラザのセカンドオピニオン外来からの報告]

A1 標準治療を行っており説明も過不足ない 16人(9%)
A2 標準治療を行っているが説明が不十分 15人(14%)
B 標準治療から外れるのが許容範囲内である 62人(35%)
C 標準治療ではなく推奨できない 47人(27%)
D 標準治療ではなく患者は不利益を被っている 25人(14%)
渡辺 亨『死の臨床』2006年9月号

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