進行・再発大腸がんの第一選択の治療薬が使えないのはなぜ?
安易に使わず、専門の腫瘍内科医の指導と管理の下に利用しよう
海外から個人輸入して手に入れた日本で未承認の抗がん剤
進行・再発大腸がんの第一選択の治療薬
世界標準の抗がん剤なのに、日本では未承認のために使用できない代表的抗がん剤の1つにエロキサチン(一般名オキサリプラチン)がある。
「エロキサチンは進行・再発大腸がんの第一選択(ファーストライン)の治療薬として世界中で認められ、最近は術後の補助化学療法においても優れた治療成績が明らかにされています」
と癌研究会付属病院化学療法科医局長の水沼信之さんは指摘する。
海外では、進行・再発大腸がんにイリノテカン(商品名カンプト、トポテシン)+5-FU(一般名フルオロウラシル)+ロイコボリン(一般名ロイコボリンカルシウム)の3種類の抗がん剤を組み合わせたIFL療法を行う。そしてそれが効かなくなったら前記の3種類のうち、イリノテカンをエロキサチンに変えたFOLFOX療法を行うのが一般的だ。進行・再発大腸がんの患者1284人を対象とした大規模臨床試験で、これまで広く行われてきた5-FU+ロイコボリンを組み合わせたFL療法より、FOLFOX療法のほうが優れていると立証されているからだ。
臨床試験は、(1)FOLFOX療法、(2)FL療法、(3)エロキサチンの単独投与の3つの効果を比較したものだが、腫瘍縮小率(奏効率)でも無病生存期間(再発までの期間)でも群を抜いてFOLFOX療法群がよく、他の治療法はあまりよくなかった。
現在日本では、IFL療法の効かなくなった進行・再発大腸がんにはFOLFOX療法ではなく、FL療法を行っているが、その理由はエロキサチンが未承認のため使用できないからにほかならない。
「現在、毎月50人以上がエロキサチンを個人輸入しています。その大半はFL療法が効かなかった進行・再発大腸がんの患者さんです」
と千葉健生病院内科科長の今村貴樹さんは言う。
大腸がんの再発防止薬としての効果も
進行・再発大腸がんの化学療法の分野では、欧米はさらにもう一歩先を行っている。
「北アメリカの進行・再発大腸がんの患者に対して、FOLFOX療法とIFL療法のどちらが優れているかを調べた、N9741スタディと呼ばれる有名な臨床試験があります。奏効率でFOLFOX療法群44パーセントに対し、IFL療法群30パーセント、無病生存期間で9カ月対7カ月、生存期間中央値で19.5カ月対14.8カ月と、いずれもFOLFOX療法群のほうが優れており、これによってFOLFOX療法は進行・再発大腸がんのファーストラインの治療法として確立されたといえます」(水沼さん)
また大腸がんの術後補助化学療法では、15年前にFL療法が標準治療として確立されているが、エロキサチンは、それを凌ぐものであることも明らかになった。再発の可能性が高い病期2期、3期の大腸がん患者2246人に対して、術後にFOLFOX療法群とFL療法群に分けて、その後の経過が比較検討された。再発の兆候が認められた患者はFOLFOX療法群のほうが少なく、3年無病生存率ではFOLFOX療法群のほうが高いという結果だった。
要注意! クラッシュ・アイス・シンドローム
FOLFOX療法に用いられるエロキサチンは、シスプラチンやカルボプラチンなどと同じ白金製剤だ。スイスのデビオファーム社が抗がん剤としての製薬化に成功したが、名古屋市立大学喜谷義徳名誉教授がシスプラチンの腎毒性の軽減を目的とした研究の過程で1980年、世界で初めて合成に成功した白金系化合物である。
エロキサチンを使用する際注意すべきは、クラッシュ・アイス・シンドロームと呼ばれる副作用だ。
「冷たいものによって誘発される痺れや麻痺などは、エロキサチン独特の副作用です。喉頭が麻痺すると呼吸困難に陥ります。冷房の冷たい風にあたったり、氷など冷たいものに触れたり、冷たいジュースやビールなどを飲んだり、アイスクリームを食べたりすることで引き起こされます。投与直後から生じるので、患者さんに対してかなり細かい指導が必要とされます」(水沼さん)
今年の夏のような猛暑だと、とくに注意が求められる。
他に、FOLFOX療法の副作用として多いのは、倦怠感や下痢、吐き気、嘔吐など。また、貧血、白血球の減少、血小板の減少なども認められる。
「このようなわけでエロキサチンは、かなり使いづらい抗がん剤です。専門の腫瘍内科医の指導と管理の下に投与することが大切です」
と水沼さんは注意を喚起する。
脳腫瘍の治療で脚光を浴びる新薬
脳腫瘍(神経膠腫)の治療薬、テモダール(一般名テモゾロマイド)は、脳腫瘍の治療で今最も脚光を浴びている世界標準の抗がん剤だ。
「アメリカではすでに1999年に承認されています。口から飲める経口剤なので神経膠腫の治療に広く用いられています」
と帝京大学病院脳神経外科助教授の藤巻高光さんは言う。
神経膠腫は悪性度によってグレード1~4までの4段階に分けられるが、テモダールはグレード3の悪性グリオーマ(退形成性神経膠腫)の再発時の治療薬として優れた効果を発揮することがわかった。従来はニトロソウレア系抗がん剤のニドラン等が使われてきたが、効果はあまりなく、再発後の生存期間は約6カ月に満たなかった。
しかし、欧米の臨床試験では、テモダールを服用すると、再発6カ月後の無病生存率が46パーセント、再発後1年の生存率は56パーセントにのぼり、従来よりも大幅に生存期間を延ばすことができたのである。ちなみに、奏効率(腫瘍縮小率)のほうは35パーセント、不変(腫瘍が大きくならない)は27パーセント、両者を合わせると62パーセント。しかもこの臨床試験では、従来の抗がん剤がまったく効かなかった人が162人のうち54人もいたのである。
2004年の米国臨床腫瘍学会(ASCO)では、テモダールに放射線を併用した療法の有用性を調べた臨床試験の結果が報告された。放射線治療のみの治療と比較したところ、増悪停止期間、2年憎悪停止率と3年増悪停止率、生存期間中央値、2年生存率のいずれもテモダールと放射線の併用群のほうが放射線単独群よりも優れていたのである。
「残念なことですが、いまのところ悪性グリオーマを治癒させることはできません。少しでも症状を改善し、生活の質(QOL)を維持しながら、患者さんの希望に沿ったよりよい生活を送ってもらうのが治療目的だからこそ、こうしたわずかな数値の差が非常に重要となるのです」(藤巻さん)
吐き気や嘔吐は制吐剤で抑えられる
一方、手軽な経口剤であるがゆえに、副作用については十分に注意しなければならない。テモダールの副作用として最も多いのは、吐き気や嘔吐、便秘、下痢等の消化器系の副作用だ。
「吐き気などはカイトリルなどの*制吐剤の投与によって抑えられます」(藤巻さん)
個人輸入のテモダールを服用している場合、制吐剤の投与は自費診療になりかねないが、通常の受診日とずらしたり、他のクリニックで投与を受けたりするなど、主治医と相談して工夫するとよいだろう。
怖いのは白血球や血小板減少などの骨髄抑制だ。感染症などにかかりやすくなり、それが致命傷となりかねないからだ。患者にとってはほとんど自覚症状を覚えないから、重大な落とし穴となる。
「もともとテモダールを服用する際は、白血球(好中球)が1500以上(血液1立方ミリあたり、以下同)、血小板が10万以上あることが絶対必要条件なのです。骨髄抑制は1コース28日間の後半に起こることが多く、白血球と血小板が正常値へ戻るのに平均14日間を要します。服用開始後3~4週間目に骨髄抑制のピークを迎えますから、21日目前後の血液検査は不可欠です。その後、白血球や血小板の回復を確認するまで何度か血液検査を受けたほうがよいと思います」(藤巻さん)
ちなみに、白血球と血小板が最も減少するピークは少しずれる。また、白血球が1000以下、血小板が5万以下に低下した場合、テモダールの服用量を平方メートルあたり50ミリグラム減らすことも必要だ。
*制吐剤=吐き気を止める薬剤
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