再発防止や難治がんに対する研究も広がっている
ようやく脚光を浴び始めた「がんペプチドワクチン」、その本当の効果
「がんペプチドワクチンの
効果が期待される」と話す
中面哲也さん
がんペプチドワクチンの評価は、じっくりと高まりつつある。
果たして、その根拠は、そして効果はいかほどだろうか。がんペプチドワクチンの現状に迫る。
ペプチドを目印にキラーT細胞を増やす
ペプチドとは、さまざまなアミノ酸(タンパク質を構成するもの)が決まった順番でつながったもの。細胞の中でつくられるタンパク質の切れ端だ。そのペプチドを使ったがんのワクチンとは、いったいどんなものなのだろう? 中面哲也さんは次のように説明する。
「細胞の表面にはHLAというものが出ており、ペプチドはそこに乗っかっています。ここ20年くらいの間に、がん細胞にはがん細胞にしかないペプチド(がん抗原ペプチド)が出ていることがわかり、これを利用したワクチンの研究が始まりました。簡単にいうと、がん抗原ペプチドを見つけたら、『異物だ!』と認識し、殺してしまう細胞を、ペプチドを注射(免疫)してあげて増やすのです」
がん細胞は常に体内に発生しているが、ほとんどは「生体の警備兵」である白血球細胞などに発見され、殺されてしまう。がんとして発見されるまでに大きくなったものは、警備兵が見逃したり、がん細胞が増えて対抗できなくなったものといえる。
これら警備兵の中でも、がん抗原ペプチドを見分けるキラーT細胞は、ペプチドワクチンによって活性化して増える。そして、血液中を巡り、がん抗原ペプチドとHLAのセットを見分け、これをもつ細胞(がん細胞)を殺してしまう。
「がん細胞だけを選択的に殺せて、正常な細胞を傷つけないので、副作用がない──という理屈で研究が進められています」
2、3回の注射で劇的に効いた症例も
中面さん自身は熊本大学助手時代の2001年、東大医科学研究所との共同研究の最中、正常細胞にはなく、肝細胞がんにだけ出ている、グリピカン3(GPC3)というタンパク質を発見した。そして、このGPC3タンパク質の一部のペプチドがワクチンとして有効である可能性を見出し、07年~09年、第1相臨床試験(第1段階の臨床試験)を行った。
具体的には、人工的につくられたGPC3のペプチドと同じペプチドを、進行・再発肝細胞がんの患者さん33人に、2週間の間隔をあけて3回注射して評価した。
「臨床試験では安全性も大事ですが、このペプチドを認識するキラーT細胞が増えるかどうかが1番のポイントです。キラーT細胞が増えなければ、効果が出るわけがありませんから。結果として、最もキラーT細胞が増えた患者さんは、2回のワクチン投与で50万個のリンパ球中に441個のキラーT細胞が出現しました。私たちの体内には1兆個のリンパ球があるといわれますから、単純に計算すると、2回の投与で10億個のキラーT細胞が誘導できたことになります。増えたキラーT細胞がちゃんとがんの中に入っていることも確認できました。
投与量は、0.3ミリグラム~最大30ミリグラムまで5段階に増やしていきましたが、投与量が増えるにつれ、キラーT細胞もまた増えることもわかりました」
あとは増えたキラーT細胞がどれくらいがんに効くかどうかだが、今のところ期待は持てるものの、今後の臨床試験でしっかり検証していく必要がある。
劇的な症例もある。肺や骨、リンパ節に転移していた75歳の女性では、鎖骨の近くに転移していた約5.5センチのがんが大きさで半分、体積にして10分の1になり、肝臓にあった約1.5センチのがん2つは消滅したのだ。
キラーT細胞の増加と生存期間にもつながりがみられた。50個未満で8.4カ月、50個以上で12.2カ月という結果だったのだ。副作用は、抗がん剤などよりはるかに少ないことも特徴だ。脇の下に打つ注射の跡がはっと目につく鮮やかな赤だが、痛みやかゆみはほとんどない。
まだ試験段階とはいえ、治療法が少なく、体力の落ちた進行・再発がんの患者さんには朗報といえるだろう。中面さんらによる最近の臨床試験でも、3ミリグラムのわずか2回のペプチドワクチンで、肝臓にたくさんあったがんがほとんど壊死に陥った症例が報告されている。
肝細胞がんの再発防止や、難治性の卵巣がんでも試験が
GPC3のペプチドワクチンによる試験は、ほかにも行われている。中面さん自身が中心に実施しているのは、日本人に多いHLA24とHLA2にくっつくGPC3のペプチドワクチンを使った試験で、肝細胞がんで手術などの根治的治療を受けたあとの患者さんに補助療法として行っている。
肝細胞がんはB型肝炎やC型肝炎がもとで発生するので、最初に根治的治療を受けても、どうしても再発しやすい。東病院でも1年で4割、2年で6割の患者さんが再発する。これをペプチドワクチンで何とか抑えられないかという試験だ。こちらはもう1段階進んだ、第2相臨床試験となっている。
1年間に10回ワクチンを打ち、次の1年間は何もせず経過を見る。量が増えると副作用である注射の跡の肌の赤みも強くなるので、投与量は3ミリグラム。まだ20カ月、1年以上経過したのは15人の症例しかないが、無再発生存率が上がってきそうな経過になりつつあるという。
「B型、C型をあわせると、日本には肝炎の患者さんが350万人いるといわれています。まさに『がんになりやすい人たち』がたくさんいる。試験も組みやすいのではと思います。まずは、肝細胞がんの再発を抑えられるかどうか検証し、そのあと、最終的な目標としてはがん予防ワクチンに取り組みたいと思います」
GPC3はほかのがん種でも出ているものと思われ、ワクチンの試験が進められている。
名古屋大学産婦人科では、抗がん剤が効きにくく、治療がむずかしい卵巣明細胞腺がんを対象とした第2相試験が始まっている。さまざまな小児がんに対する第1相試験も、国立がん研究センター中央病院ほか、5つの病院で共同で組まれており、最初の治療がまもなくスタートする予定だ。
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