EPAががんによる炎症を抑え、QOLを改善
「あきらめないがん治療」を支える新たな栄養療法
消化管・小児外科 准教授・病院教授の
三木誓雄さん
がんという病気は不思議だ。同じ部位、同じ時期に生じたがんでも、その進行は人によって異なる。
実は、この進行に炎症が密接に関係していることが明らかになり、それを抑える方法として今、青魚に多く含有している栄養素のEPA(エイコサペンタエン酸)に注目が集まっている。
がんは炎症によって増殖している
がんは、不思議な病気だ。同じ部位に生じた同じ病気のがんでも、その後の進行は人によってまったく違っている。一般にはあまり知られていないが、実はそうしたがんの進行プロセスに大きくかかわっているのが、がん組織周囲の炎症の状態だ。
「私たちの体内の組織の多くは、損傷を受けても炎症反応によって修復されますが、実はがん細胞の周囲でも同じ生体反応が起こっています。がん細胞はこの炎症反応によって、自らが増殖しやすい環境を整えているのです。炎症を引き起こす物質を、大量に放出するがんは、がん悪液質(*)型と呼ばれ、進行が早く、予後もよくありません。医師にとっても、患者さんにとっても大変手ごわいがんといってもいいでしょう」と語るのは、がんと炎症反応の関係について長年研究に取り組む三重大学の三木誓雄さんである。もちろん患者自身が炎症の有無を自覚することはほとんどないが、がん組織の周囲では絶えず炎症反応が進行し、それががんの増殖を促進しているわけだ。
がん細胞からはさまざまな腫瘍増殖因子が放出されるが、そのなかで炎症を促進する作用を持っているのがインターロイキン6(IL6)という炎症性サイトカイン(炎症を引き起こす物質)だ。IL6はIL1と呼ばれるサイトカインによって産生が促され、さまざまな腫瘍増殖因子をさらに活性化させるとともにがん周囲の炎症を急激に進行させる。もっとも同じ炎症反応は正常細胞にも起こっている。その場合はある段階で反応が収まるのになぜがん周囲の組織では炎症が拡大し続けるのか。
「IL6は炎症を進行させる反面、その作用をブロックするIL1RAという抗炎症性サイトカインの産生も誘導します。通常の組織では両方のバランスがとれているため、組織が修復されると同時に炎症も消退する。ところががん細胞の場合はIL6ばかりがどんどん産生され続けています。クルマにたとえればアクセルを踏みっぱなしで、さらにブレーキが効かない状態と考えればいいでしょう」
細胞の増殖と同様、がん組織では炎症反応も歯止めがかからない状態に陥っているわけだ。
*がん悪液質=悪性腫瘍の進行に伴って、栄養摂取の低下では十分に説明されない、るいそう、体脂肪や筋肉量の減少が起こる状態
予後が悪い悪液質型のがん
がん組織の炎症反応について研究を進めている三木さんの知人でもある英国グラスゴー大学教授のマクミランさんは、炎症が起こったときに産生されるCRPというたんぱく質の量と、その人の栄養状態を物語るアルブミンという血中たんばく量を基にがんのタイプをがん悪液質という観点から3種類に区分している。三木さんはこの分類をさらに日本人に合うように改変し、4つに分類した。すなわち、CRPが正常値の0.5ミリグラム/デシリットル(以下省略)未満で血中アルブミンが3.5グラム/デシリットル(以下省略)の場合は正常のA群、CRP、アルブミンがともに低い場合は通常の低栄養状態のB群、そしてCRP、アルブミンがともに高値の場合はがん悪液質の予備軍ともいうべきC群、CRPが高く、アルブミンが低いD群は、すでに炎症が急激に進行している悪液質と判断されるわけだ。そのなかでC、D群に区分される人は、がんの進行が早く、予後が不良なタイプであることがわかっているという。
「すでに炎症が進行していたり、進行しやすい状態になっているC、D群の患者さんの予後は厳しいといわざるを得ません。同じがん細胞でもIL6などの腫瘍増殖因子を強力に放出するものと、そうでないものがあります。早期がんを切除しても、前者のがん細胞がわずかでも残っていれば、術後まもなくがんが再発することも少なくありません。こうした悪液質に区分されるがんは早期がんの中にも一定の割合で存在し、大腸がん患者さんを対象にしたがん悪液質の評価ではすべてのステージ(病期)のがん患者の2~3割から5割までを占めています」
前にあげたタイプ分類でA、B群とC、D群では生存期間もまったく違っており、ステージ4のがん患者A、B群の平均生存期間は36カ月なのに対してC、D群はわずか8カ月にとどまっている。三木さんは同じ傾向は大腸がんだけでなく、乳がん、肺がん、胃がん、食道がん、膵がんなどほとんどの固形がんに共通して見られるという。とすればこのがんのタイプ分類は、がんの進行を予測し、治療するうえでの有力な指標となりうる。
炎症の進行がQOLの低下に
ではなぜ炎症が起こると、予後が悪くなるのか。実はがん組織の周囲にできた炎症の進行はがんの増殖を早めるだけでなく、患者のQOL(生活の質)にも深刻な影響をもたらすこともわかっていると三木さんはいう。
「炎症が拡大すると食欲が低下するとともに全身の代謝機能が衰えて栄養の利用効率も悪化するうえに、がん細胞が生体の筋肉組織を分解して、自らのエネルギー、栄養源として取り込みます。結果、体重減少がもたらされ、とくに筋肉組織の崩壊が進行し、QOLの低下につながります。またLBMという脂肪を除いた体重の減少が、さまざまな感染性合併症の発生につながることもわかっています」
これまでの研究でがん患者の2人に1人は体重が減少することがわかっているが、その重要な原因の1つに、がん組織周囲での炎症の進行、拡大がある。もっともそうして栄養摂取が困難になり、体重が減少し、体力が衰えても、がん細胞は依然として、否、以前にも増して活発に増殖するケースが少なくない。
「炎症を促進するIL6には、グルコース(ブドウ糖)を中心とするエネルギー源が局所で枯渇すると、その補給のために血管新生因子をその場で産生させる作用もあるのです。つまり、がん細胞の周囲で炎症が進行すると、同時に新たな血管が次々につくられ続けます。がん細胞はその血管を通して、生体が必要とする栄養を奪い、自らを増殖させ続けていくのです」
つまり炎症が進行することで、生体が必要とする栄養が皮肉なことにがん細胞に供給され、がんがさらに増殖を続けていく。そしてその結果、がん組織周囲での炎症はさらに進行する。がん患者の体内では、そうした「負のスパイラル」ともいうべき悪循環が絶えることなく繰り返されているわけだ。当然ながら炎症の進行に伴うQOLの低下は、治療面にも深刻な影響をもたらしてもいる。体重の減少、筋力低下に伴う深刻な体力の落ち込みによって、本来行われるべき化学療法や放射線、手術などの治療が困難になるからだ。さらに炎症が進行すると、放射線治療や抗がん剤治療に対する耐性が生じ、その効果が減殺される可能性も示唆されている。そうしたなかで多くの末期がん患者が治療不能の状態に陥り、命を落としているのが実情だ。
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