プレアルブミン値が合併症発生の有力な予測因子に 胃切除手術前の栄養状態が術後合併症の発生に影響
胃切除術後に起こる術後合併症は、手術直前の栄養状態が悪いほど起こりやすいことが明らかになった。栄養状態の指標となるのはプレアルブミン値。血液を調べるだけの簡便な検査で、術後合併症が起きやすいかどうかを予測できる。検査値が低かった場合には、経腸栄養剤を投与。それによってプレアルブミン値が上昇し、術後合併症を減らせることもわかってきた。
術後合併症が起きると予後がよくない
胃がん患者では、来院時から栄養状態が低下している人が少なくない。がんに栄養を取られるのに加え、食事ができなくなっている人もいるからだ。そして、胃切除手術を受けた場合、術後30日以内に起こる術後合併症の発生には、患者の栄養状態が影響することが明らかになってきた。ただ、栄養状態の指標として一般的によく使われるアルブミン値と術後合併症の発生には、相関関係はないらしい。がん研有明病院消化器外科副医長の井田智さんは、次のように説明する。
「術後合併症の発生に栄養状態が関係するのではないかということは昔から言われていて、アルブミン値との関係を調べた研究もあります。しかし、手術後30日以内に起こる術後合併症の発生には、アルブミン値はあまり関係ないという結果が出ているのです」
体内の炎症反応を示すCRP(C反応性たんぱく)とアルブミン値を組み合わせた「グラスゴー予後スコア(GPS)」という指標もある。しかし、がん研有明病院消化器外科で調べたところ、このスコアは長期予後には影響していたが、術後30日以内に起こる術後合併症の発生には影響していないという結果だった。
「アルブミン値やグラスゴー予後スコアと、術後合併症の発症が関係しないのは、アルブミン値が3週間ほど前の栄養状態を示す指標だからです。アルブミンはたんぱく質の一種で、肝臓で作られて血液に入ります。アルブミンの半減期は21日なので、アルブミン値が低いということは、3週間ほど前に低栄養状態だったことを意味しているのです」
3週間前ではなく、手術直前の栄養状態なら、術後合併症の発生に関係しているのではないだろうか。そういった考えに基づき、プレアルブミン値と術後合併症の発生を調べる研究が行われることになった。
手術の2~3日前の栄養状態を示す
「プレアルブミンは、アルブミンと同じようにたんぱく質の一種で、肝臓で作られています。ただ、半減期が短いという特徴があり、検査値は2~3日前の栄養状態を表しています」
そこで、手術前にプレアルブミンの検査を行い、それが術後30日以内に起きる合併症の発生に、どのような影響を及ぼしているかを調べることになった。この研究の対象となったのは、2010年1月~2013年12月までの間に、がん研有明病院で胃切除手術を受けた1,798人である。
対象者をプレアルブミン値によって3群に分けた。基準値は22mg/dlなので、22mg/dl以上をA群、15mg/dl未満をC群、その間をB群とした。A群は正常な栄養状態、B群は栄養状態がやや不良、C群はかなり不良ということになる。
「術後合併症については、外科で一般的に使われているクラビアン・ディンド(Clavien-Dindo」分類でグレードⅡを超えるものとしました。グレードⅡというのは、薬剤で治療する必要があるレベルの合併症です。ドレーン(管)を入れたりする状態だと、グレードⅢになります」(井田)
胃切除術で起こる代表的な合併症としては、縫い合わせがうまくいかない「縫合不全」、膵臓がダメージを受けて膵液が腹腔内に漏れ出す「膵液漏」、腹腔内に細菌などが感染しておこる「腹腔内膿瘍」などがある。これらの合併症が起きた場合には、抗生物質など薬剤を使用した治療や、腹腔に管を入れて溜まった液体を抜く治療などが必要になる。
こうした合併症の発生率を調べたところ、プレアルブミン値と相関があることがわかった(図1)。合併症の発生率は、A群が17.5%、B群が32.3%、C群が48.8%だった。プレアルブミン値が低いグループほど、合併症の発生率が高くなっていたのだ。
感染性合併症に絞って集計しても、A群が13.4%、B群が23.0%、C群が30.5%となり、やはりプレアルブミン値が低いほど、術後合併症の発生率が高くなっていた。
「プレアルブミン値が低いほど、胃切除術後の合併症が起こりやすいことを証明したわけですが、こういうデータが出たのは、これが世界で初めてのことです」(井田)
栄養補給で術後合併症を減らせるか
栄養状態が悪いと術後合併症が起きやすいことが明らかになったら、次の段階として、プレアルブミン値の低い人に栄養を補給することで、術後合併症を減らすことができるのかを調べる必要がある。現在、その研究が進められている。
まず行われたのは、胃がんのために幽門狭窄(胃の出口部分が狭くなって塞がる状態)が起こり、飲食ができない患者を対象に、鼻から小腸までチューブを通し栄養剤を送り込む栄養補給だった。使われたのは一般的な経腸栄養剤で、1日の目安量は1,600kcalだった。
「この方法だと、栄養が腸から吸収されることになります。栄養補給の方法としては、点滴で血管に栄養を入れる方法もありますが、経腸栄養を第1選択としています。腸から吸収させたほうが自然ですし、免疫力を高めることにもつながると考えられるからです」(井田)
ヨーロッパや日本の栄養ガイドラインでは、手術前に10日から2週間、栄養剤を投与することが推奨されているという。この研究での投与期間中央値は11日間だった。
その結果、プレアルブミン値は有意に上昇した(図2)。また、栄養投与前のプレアルブミン値が低い人ほど、投与による上昇率が大きいことも明らかになった。投与前のプレアルブミン値が15mg/dl以上のグループの上昇率が8.8%だったのに対し、15mg/dl未満のグループでは97.1%も上昇していたのである。
「プレアルブミン値が上昇し、栄養状態が改善することで、術後合併症が減るかどうかについては、現在、研究が進行中です。まだ細かなデータは出ていないのですが、プレアルブミン値が10%程度上昇した人は、術後合併症が起こりにくいことがわかってきています」(井田)
ただ、栄養補給を行ったすべての患者で、プレアルブミン値の上昇が見られるわけではない。もともとプレアルブミン値が15mg/dl未満で、栄養補給でも10%上がらなかった人は、合併症に十分注意する必要がある。
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