有効な分子標的治療を逸しないために! 切除不能進行・再発胃がんに「バイオマーカー検査の手引き」登場
2024年4月、日本胃癌学会は『切除不能進行・再発胃癌バイオマーカー検査の手引き』を作成し、8月には早くも改訂版の「第1.1版」を公開しました。2011年に抗HER2抗体薬ハーセプチンが登場して以来1次治療に新しい治療薬がなかった進行胃がんですが、2021年11月にオプジーボ、今年5月にはキイトルーダとビロイが使えるようになりました。
そこで、これらの有効な薬物療法を逸しないために「バイオマーカー検査の手引き」をいち早く作成、公開したのです。その内容は? 患者さんがこれを上手に活かすには? 今回の「検査の手引き作成委員会」委員長の国立がん研究センター東病院遺伝子治療部門長、桑田健さんにお聞きしました。
切除不能進行・再発胃がんの治療薬は何が増えたのですか?
胃がんの1次治療薬として2011年に承認されたハーセプチン(一般名トラスツズマブ)は乳がんで一躍有名になった分子標的薬(抗体薬)ですが、がん細胞の表面に発現しているHER2という分子(タンパク)を標的にした、がんの増殖を抑える薬です。
そのため、ハーセプチンの効果が期待できるのはHER2が発現している場合のみ(HER2陽性)になります。標的のないがんに対しては効果がないため、ハーセプチンを個々の患者さんが使えるかどうかのHER2検査が必須です。
「肺がんなどには分子標的薬が次々と承認され、胃がんにも期待されたのですが、ハーセプチンに続く分子標的薬は何もなくて、胃がんの1次化学療法に関していえば、ハーセプチンのみという状態が10年以上続きました」と、進行胃がんの薬物療法の動きについて、国立がん研究センター東病院遺伝子治療部門長の桑田健さんは述べます。
胃がんの分子標的治療薬の進歩を追っていくと、2017年に化学療法後に増悪した進行・再発胃がんに対し、免疫チェックポイント阻害薬(ICI)オプジーボ(抗PD-1抗体薬:一般名ニボルマブ)が3次化学療法以降として承認されました。2021年発行の『胃癌診療ガイドライン』第6版にはオプジーボが3次化学療法として推奨されています。
その後、2018年には化学療法後に増悪した*MSI-Highを有する標準的な治療が困難な固形がんに対し、同じくICIキイトルーダ(抗PD-1抗体薬:一般名ペムブロリズマブ)が2次化学治療以降に使えるようになりました。
MSI-Highは固形がんの多くに起きていることがわかり、MSI-Highを有する固形がんにキイトルーダはがん種横断的に承認され、胃がんもその1つでした。
続いて2020年9月、ADC(抗体薬物複合体)薬のエンハーツ(一般名トラスツズマブ デルクステカン:HER2に対する薬物複合体薬)が、化学療法後に増悪した進行・再発胃がんに対し承認されました(3次化学治療)。
「その後、2021年11月にオプジーボが1次治療薬として適応拡大になったのに続いて、今年2024年5月にはキイトルーダと*抗クローディン(Claudin:CLDN)18.2抗体薬ビロイ(一般名ゾルベツキシマブ)が1次治療薬として承認され、これまでハーセプチンしかなかった胃がんに新たな分子標的薬が使えるようになったのです」(図1)
*MSI-High(高頻度マイクロサテライト不安定性)=MSIが高頻度に起きている状態。DNAの修復システムに異常があり、細胞に遺伝子変異が多く蓄積して、がんが発生しやすい状態と考えられている
*クローディン=細胞の表面に存在し接着に関わるタンパク質。クローディン18.2は元々正常では胃にしか発現がないが、がんになると胃以外の様々な腫瘍に発現していることがわかった
バイオマーカー検査の手引きが必要なのはなぜですか?
「ハーセプチンしかなかったときは、HER2タンパクの過剰発現を調べるHER2検査だけ行えばよかったのです。その結果が陽性か陰性かだけで1次治療で使用できる分子標的治療薬が決まっていました。しかし、2次や3次治療にオプジーボやキイトルーダが加わり、後者ではMSI-Highなら使えるといった状況から、2018年の段階では、MSI検査が必要になりました」
さらに、「オプジーボ、今年になってキイトルーダと新薬の抗クローディン18.2抗体薬ビロイが1次治療で使えるようになり、PD-L1やクローディン 18.2が発現しているかどうかも調べる必要が出てきました。このように、ここにきて1次治療に4つの薬剤が使用可能になり、それを整理するために、日本胃癌学会としてバイオマーカーの手引きが必要と考えたわけです」
『切除不能進行・再発胃癌バイオマーカー検査の手引き』は今年4月に第1版が公開されました。5月にはキイトルーダとビロイが承認され、これに対応した改訂版の1.1版が3カ月後に出ています。
「せっかく複数の分子標的薬が使えるようになったのに、HER2しか検査されないと、ほかの薬に到達できない可能性があります。ですから、4つの検査をもれなく行い、その結果をもとに最適な薬剤を使いましょう、というのが手引きの趣旨となります。この手引は薬物療法がベースになるので、作成委員には腫瘍内科医が入っています。また、この4つの検査は病理組織検体を使うので、自分を含めて3人の病理医が入っているのが特徴です」
全国の各施設でこの4つのバイオマーカー検査がもれなく行われるよう手引きの情報を広く周知させながら、今後も薬剤やバイオマーカーの増加にともない、順次アップデートしていく予定とのことです。
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