重要な認定遺伝カウンセラーの役割 がんゲノム医療がますます重要に
近年、その人に発症したがんの特徴を知るためのがん遺伝子検査や、多くの遺伝子を一度に調べるがん遺伝子パネル検査が登場している。患者さんのがんの遺伝子変異を検査し、その検査結果により、効果が期待できる薬剤や治験を探したりすることで、適切な治療選択が可能となり、薬物療法で治療成績を上げている。
しかし、がん遺伝子検査で知りえた情報は、生まれつきの体質を反映していることがあり、センシティブな問題もはらんでいる。
今回は、国立がん研究センター中央病院遺伝子診療部門の認定遺伝カウンセラーの田辺記子さんにその現状を取材した。
遺伝性のがんは、その人に合わせた検診・対策が重要
昨今はがんの薬物療法が進み、その患者さんの遺伝子情報を調べることは、良い治療に結びつけるためにも欠かせないものになっています。
がん遺伝子検査とは、がんのもつ遺伝子の特徴を調べ、がんの治療法の選択に役立ていくものです。
がん遺伝子検査には、従来からの1から2つの遺伝子を対象にした検査と、複数の遺伝子を一度に調べる、がん遺伝子パネル検査があります。がん遺伝子パネル検査には、すでに保険適用となっている薬物療法(分子標的薬)の投与を検討する検査(コンパニオン診断)と、標準治療がないか、もしくは標準治療を終了した患者さんを対象に、何らかの次の薬物療法がないかを調べる検査(がんゲノムプロファイリング検査)とがあります。
がん遺伝子検査は、その個人に合った治療を選択する目的の検査ですが、その結果から遺伝性のがんであることがわかる、あるいは遺伝性のがんであることが疑われることがあります。また、治療選択を目的とした検査とは別に、遺伝性のがんに対しても保険での診療が可能な時代となってきました。遺伝子検査の普及・進展とともに、認定遺伝カウンセラー(CGC:Certified Genetic Counselor:日本遺伝カウンセリング学会と日本人類遺伝学会が共同認定した資格)の仕事の重要性がますます高まっています。
認定遺伝カウンセラーとは、遺伝に悩むクライエントを援助するとともに、その権利を守る専門家のことで、認定遺伝カウンセラーの認定制度は、2005年にスタートして、2019年商標登録された資格です。全国で316人(2022年4月現在)が活躍しています。
「遺伝医療の目的の1つは、自分の生まれ持った体質を遺伝子レベルで検査することにより、自分ががんに罹患しやすいかどうかを知ることです」と、国立がん研究センター中央病院遺伝子診療部門の認定遺伝カウンセラーの田辺記子さん。
近年、遺伝子情報とがんの関係で大きな話題となったのが、「遺伝性乳がん卵巣がん」(HBOC)です。
BRCA1、BRCA2という遺伝子に生まれつき変異(病気の発症に関わるような遺伝子の変化)があると、乳がん、卵巣がんを発症しやすくなります。その他には前立腺がん、膵がんなどを発症する可能性が高いため(表1)、定期的な検査や、リスクを回避するための予防的な手術が適応される場合もあります。一部の乳がん経験者、卵巣がん経験者では、生まれつきのBRCA1およびBRCA2変異を調べる遺伝子検査(BRCA検査)が保険診療として実施可能となっています。
「遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)診療の手引き」(2017年版)には、BRCA遺伝子の検査に関して下記のように記載しています(表2)。
例えば、米国のガイドラインでは、BRCA1/BRCA2遺伝子に変異があれば、25歳からMRIでの早期の検診を行うことを推奨しています。また、日本の「遺伝性乳癌卵巣癌診療ガイドライン」(2021年版)でも、乳がん発見の感度が高いことからMRI検査を推奨しています(ただし、診療体制が整備されている医療機関での実施が好ましいです)。このMRI検査は、通常の乳がん検診では行わないので、HBOCと診断された方の特別な検診プログラムとなります。
日本では40歳からの乳がん検診が推奨されていますが、HBOCの場合、それでは発見が遅れるケースもあります。がんは早期発見することにより完治の可能性が高まりますが、すでに転移などがあるケースでは、完治がなかなか難しいのが現状です。そのため、遺伝子検査であらかじめ自分の体質を知っておくことは意義のあることです。
田辺さんは、「がん領域遺伝医療の1つの目的は、がんという疾患をいかに早期に発見し、早期治療により、完治に結びつけることです」と言います。
個人個人が、自分の状況に合わせた検討をして答えを出すことが大切
実際、どのような方が遺伝子診断を受けられるのでしょうか。
「すでにがんに罹患した方が多いですね。また、母親が乳がんになったため、不安になった娘さんが遺伝カウンセリングを受けに来られる場合は、娘さんと一緒にその母親にも来院していただき、遺伝子検査を行うケースもあります」
その場合、母親が陽性、娘さんが陰性の場合は、「娘さんへの遺伝なし」となり、両方が陽性の場合、娘さんは「遺伝性であり、乳がん発症のリスクが高い」となります。
また、肉親が乳がんや卵巣がんで、すでに亡くなっている場合、遺伝性の有無については、明確な答えを出せないこともあるので、本人とよく相談して遺伝子検査をするかどうかを検討していくこともあるという。
相談にはさまざまなケースがあり、個人的、家族的なセンシティブな問題も関係してきます。遺伝子検査の結果、遺伝子変異があった場合の治療方法で迷っている場合は、こちらから治療法を一方的に提案するのではなく、「可能な限り時間をとってご検討してください」と話すようにしていると田辺さん。
遺伝子検査についてより詳しく知りたいときは、がん情報サービスのHPを参考にしてください。
インターネットでの情報について
インターネットには信頼できる情報もある一方で、効果が科学的に証明されていない自由診療で行われる治療に関する情報もあるため、慎重な確認が必要です。数ある情報に迷った時には、ひとりで悩まずがん診療連携拠点病院などに設置されているがん相談支援センターにご相談ください。
市販の遺伝子検査について
がんや生活習慣病のかかりやすさに関連した遺伝子検査が可能であるとして、簡易な遺伝子検査(いわゆるDTC:Direct-to-Consumer)が市販されています。市販の遺伝子検査の多くは、遺伝や医学を専門とする医師の判断がなされず、検査結果やその解釈、推奨される対策などの信頼性に欠けるものもあります。市販の遺伝子検査を受ける場合には、信頼できる医療機関か、対面で遺伝カウンセリングが行われるかなどについて慎重な確認が必要です。
遺伝性のがんに関連した遺伝子検査を希望する場合には、遺伝の専門家(臨床遺伝専門医など)に相談することが望ましいとされています。
早期に自分の体質を知ることが遺伝子検査の基本
遺伝カウンセリングは、「疾患の遺伝学的関与について、その医学的影響、心理学的影響および家族への影響をみなさんが理解し、それに適応していくことを助けるプロセスです」と田辺さんは言う。
このプロセスには、下記の3つがあります。
1)疾患の発生および再発の可能性を評価するための家族歴および病歴の解釈(リスク評価)
2)遺伝現象、検査、マネージメント、予防、資源および研究についての教育(情報提供)
3)インフォームド・チョイス(十分な情報を得た上での自律的選択)、およびリスクや状況への適応を促進するためのカウンセリングなどが含まれる。(意思決定支援と心理社会支援)
さらに、遺伝子診療部門は、「遺伝子検査を行うための外来ではなく、遺伝に関する情報を、正しく知っていただくことが大事です。また、主治医とよく連携して、チーム医療として遺伝カウンセリングを行っていきます」と田辺さん。
認定遺伝カウンセラーは、日常診療において、どのように医療に参加しているのでしょうか。
「遺伝カウンセリングを希望される患者さんやご家族の状況をお聞きして予約をとったり、各診療科の先生をコーディネートしたり、さらには患者さんやご家族と主治医の診療に同席して、患者さんが先生のお話に対してのどの程度理解しているのかを確認しています。また、遺伝的な悩みに関する心理的な支援も行います」
患者さんが不安そうな様子のときなどは、自分から主治医に「『いま、先生のお話されたことはこんなことですよね』と合いの手を入れたりして、最終的には患者さんやご家族に遺伝に関しての理解度を深めてもらうようにしています」
そして、今後の遺伝医療について田辺さんは、「早期に自分の体質を知ることにより、より有用な治療に結びつけることが可能な疾患もあります。そのような疾患では早期の対応が重要なのです」と結んだ。
同じカテゴリーの最新記事
- がんゲノム医療をじょうずに受けるために 知っておきたいがん遺伝子パネル検査のこと
- 「遺伝子パネル検査」をいつ行うかも重要 NTRK融合遺伝子陽性の固形がんに2剤目ヴァイトラックビ
- 遺伝子変異を調べて個別化の最先端を行く肺がん治療 非小細胞肺がんのMET遺伝子変異に新薬登場
- 患者も知っておこう「遺伝子検査」のこと 遺伝子検査を受けるうえで自分の遺伝情報とどう向き合うか
- 日本血液学会が『造血器腫瘍ゲノム検査ガイドライン』を作成 「遺伝子パネル検査」によりゲノム情報は、血液がんの正確な診断・治療に必須
- 遺伝子情報をもとに効果の高い治療法を選択 膵がんにおける遺伝子変異に基づくゲノム医療とは
- ゲノム医療がこれからのがん治療の扉を開く 遺伝子検査はがん治療をどう変えるか
- 世界的に注目のマイクロRNAを活用したバイオマーカー 血液1滴で大腸がんリンパ節転移を予測、治療のあらゆる場面で利用可能に
- 第25回日本乳癌学会学術総会レポート No.2 シンポジウム「個別化医療における多遺伝子発現検査の現状と展望」