血液検査で「前がん状態」のチェックが可能に⁉ ――KK-LC-1ワクチン開発も視野に

監修●福山 隆 北里大学メディカルセンター上級研究員
取材・文●七宮 充
発行:2021年3月
更新:2021年3月

  

「KK-LC-1は予防ワクチン開発が可能な唯一のがん抗原です。効果の検証を踏みながら実用化し、がんの発症率の減少に寄与したい」と語る福山 隆さん

血液中の特殊なタンパク質を調べてがんを予知し、予防・超早期治療に役立てようという研究が、北里大学メディカルセンター(埼玉県北本市)上級研究員の福山隆さんたちによって進められている。検査のマーカーとしているのは、「KK-LC-1」というがん抗原。日本(産業医科大学)で発見されたもので、正常細胞ががん化する一歩手前の「前がん状態」から産生されることが最大の特徴だ。

福山さんは「KK-LC-1はがんの兆候を知る有力な手がかりです。その特異性を生かして、血液検査でのがんの予知、さらにはワクチン開発によるがん予防につなげたい」と抱負を語る。

KK-LC-1は「前がん状態」の目印

がん細胞は、正常細胞では見られない特殊なタンパク質を分泌する。これを「がん抗原」と呼ぶ。このがん抗原は、免疫細胞ががんだけを識別して攻撃するうえで、有用な物質だ。

代表的なものとして、消化器がんや肝がんなどで増えるCEA、前立腺がんで特異的にみられるPSA、乳がんの一部で陽性となるHER2などがある。

KK-LC-1(Kita-Kyushu Lung Cancer antigen-1)はその1つで、2006年、肺がん患者さんのがん組織から発見された。

これまでの研究から、

①健康な正常組織では精巣以外に発現しない
②あらゆるがんで検出される
③とりわけ胃がん、子宮頸がん、トリプルネガティブ乳がんなどで高頻度に見出される

――ことが明らかになっている。

そして、他のがん抗原との大きな違いは、正常細胞ががん化する前段階にあたる「前がん状態」から発現してくることだ。つまり、一般的ながん抗原は「がん細胞の目印」なのに対して、KK-LC-1は「がんになりそうな細胞の目印」として、前がん診断の可能性がある物質なのだ(図1)。

■図1 「KK-LC-1」はがん化する前から現れる抗原

「がん細胞は、正常細胞の遺伝子に異常が起こって発生します。しかし、いきなりがん化するのではなく、多くの段階を踏みながら、正常細胞から前がん細胞へ、そしてがん細胞へと進行していきます。前がん細胞は、このステップの途中に当たり、まだ細胞ががん化しているわけではありません。もし、この時点でがん化の兆候をつかまえ、予防措置を講じれば、進展を食い止められる可能性があります。その目印として、前がん細胞から産生されるKK-LC-1が非常に有望なのです」と、北里大学メディカルセンター上級研究員の福山隆さんは話す。

ちなみに、CEA、PSA、HER2などのがん抗原は、正常細胞ががん化してから過剰に産生されることが多い。このため、がんが存在しているかどうかを判断する指標にはなるが、がんになる一歩手前の前がん状態を捉えることは難しいという。

まず検査キットの開発から

とはいえ、KK-LC-1をターゲットとした研究はスタートしたばかり。臨床応用までには時間もかかる。福山さんたちは、「がんを予知して予防する」を最終ゴールとするこのプロジェクトを10年の長期スパンで考えている。

まず、5年後のビジョンは予知診断の技術を確立することだ。そのためには、体内で産生されているKK-LC-1を精度よく検出し、前がん状態を把握する簡便な検査キットの開発、実用化がカギを握る。これについては、企業のクラウドファンディング事業に採択され、すでに研究が動き出している(図2)。

■図2 「KK-LC-1検査キット」とは

「次のステップは、検査キットを用いてKK-LC-1陽性例、つまり前がん患者を検出することです。そして、これらハイリスク群を、年に2~4回の検診などで厳格にフォローアップし、早期発見、早期治療に結びつけられるかどうかを検証します。臨床試験の結果、がんになる患者さんが減少したり、がんの治癒率が向上すれば、KK-LC-1による検査の有用性が実証できます」

福山さんによると、これまでKK-LC-1の研究は、主に胃がん患者さんで行われてきた。このため検査キットを用いた臨床試験は、まず胃がんのハイリスク群であるピロリ菌陽性例を中心とし、その後、子宮頸がん、乳がん、そしてすべてのがんのハイリスク群に広げていく予定だという(図3)。

■図3 「KK-LC-1」の開発計画

最終目標はKK-LC-1予防ワクチンでがんを防ぐ

次に、血液診断でKK-LC-1陽性となった患者さんに対して予防ワクチンを接種して、発がんを防ぐためのワクチンの開発だ。

いうまでもなくワクチンは、身体に備わった免疫力を高めて、感染症などから身を守るもの。がんの予防ワクチンとしては、ヒトパピローマウイルス(HPV)感染を防ぎ、子宮頸がんを予防するHPVワクチンがすでに実用化されている。

同グループが最終的に目指しているのは、「KK-LC-1ワクチン」の開発で、免疫系を強化し、前がん状態からがんへの進行を食い止めるというものだ。

福山さんは、「KK-LC-1は、予防ワクチン開発が可能な唯一のがん抗原なのです。KK-LC-1予防ワクチンの完成までの道のりはまだまだですが、まず動物モデルでの実験、予防ワクチンの開発、KK-LC-1陽性例への接種による効果の検証というステップを1つひとつ踏みながら、10年後の実用化をめざしています。それにより、がんの発症率の減少に寄与したいと思っています」と、力強く語った。

なお、同グループではKK-LC-1を利用したこのプロジェクトのため、クラウドファンディングによる寄付を募っている。

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