術後の身体の回復が早い!
高齢者への負担が少ない大腸がん腹腔鏡下手術
腹腔鏡下手術は開腹手術に比べると傷が小さくて済むため、早期に離床でき、入院期間も短い。高齢のがん患者さんには低侵襲の手術が求められるが、果たして腹腔鏡下手術は有効なのだろうか。高齢者の開腹vs.腹腔鏡下手術の比較試験の結果と、大腸がんの腹腔鏡下手術の今後を探った。
開腹と腹腔鏡下手術では生存率に差がない
腹腔鏡下手術というと、最近では群馬大学病院での死亡事故の一件もあり、敬遠気味に考えている人が多いかもしれない。
もちろん大腸に対する腹腔鏡下手術も、経験が豊富な医師・施設の下で受けるべきであることは言うまでもない。だが、大腸がんの腹腔鏡下手術は、確立した手技として標準治療になりつつある。
我が国での大腸がん手術領域における腹腔鏡下手術の始まりは、1992年に遡り、以来、23年間で大きな進化を遂げてきた。従来の開腹手術と比して、安全性や確実性はどうなのか。それを検証するために、日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)により、2004年~09年にわたって、国内30施設から登録した大腸がんのステージⅡ、Ⅲに対する開腹手術群(528人)と腹腔鏡下手術群(529人)を比較した試験(JCOG0404試験)が実施された。
その結果によると、全生存率(OS)も無再発生存期間(RFS)も両群でほぼ同等だった。腹腔鏡下手術の非劣性(開腹手術と同等かどうか)は証明されなかったが、その低侵襲性を鑑みて、熟練した医師のもとであれば、腹腔鏡下手術も治療として選択肢に成り得るという報告がなされた。
『大腸癌診療ガイドライン』では、腹腔鏡下手術が適応となるのは結腸がんとRSがん(直腸S状部がん)で、2010年版ではステージ0とⅠの場合となっていたが、14年版ではステージに関わる記述がなくなっている。ただし、ステージⅡ、Ⅲに対しては、リンパ節郭清が難しいため、術者の経験や技量を十分考慮することが必要とされている。
高齢者の開腹と腹腔鏡下手術の比較試験
腹腔鏡下手術は、腹部に1㎝程度の孔を4~5カ所開け、そこから専用のカメラ(腹腔鏡)と専用の手術器具を入れて実施する(図1)。実施そのものは開腹手術と同じだが、開腹手術に比べると傷が小さくて済むため、手術後の痛みが少なく、身体の回復も早いというメリットがある。
とくに昨今は高齢者の患者が多い。高齢者は併存疾患が多く、機能的予備能が低下していたり、術後合併症が高いことなどから、手術の低侵襲化が求められている。
そこで、高齢者の腹腔鏡下手術に特化して、その安全性と妥当性について評価しようと、2008年8月から12年8月まで実施された試験が、『高齢者大腸癌に対する腹腔鏡下手術vs.開腹手術の無作為化比較試験の短・中期成績』だ。同試験を担当したのが、NTT東日本関東病院外科医長(当時は横浜市立大学消化器・腫瘍外科在籍)の渡邉一輝さんだ。
「腹腔鏡下手術は、患者さんがベッドで頭を低くした体位をとったり、お腹の中に二酸化炭素を入れて膨らませたりするのが特徴です。各臓器の機能が低下していることが多い高齢者の場合は、心肺機能に負担がかかったり、腹腔内圧が上がって虚血に陥りやすいと言われていました。開腹手術と比較した一般的な評価については、当時『JCOG0404試験』が実施されていましたので、私たちは高齢者に対する腹腔鏡下手術の安全性と妥当性を証明しようと考えました」
渡邉さんは試験を実施した経緯をそう説明する。
試験は、75歳以上で、病期がcTis(粘膜に留まったがん)~T4(大腸壁の外側に出たり、周囲の臓器に食い込んだがん)の大腸がんの患者289人のうち200人を開腹手術100人と腹腔鏡下手術100人に無作為に割り付けて、合併症発生率や3年無再発生存率などを比較した。
その結果、手術時間は開腹150分vs.腹腔鏡下172分、出血量は開腹157mlvs.腹腔鏡下63ml、グレードⅡ以上の合併症発生率は開腹30%vs.腹腔鏡下18%、イレウス(腸閉塞)発生率は開腹12%vs.腹腔鏡下4%、術後在院日数は開腹14.4日vs.腹腔鏡下11.7日など、手術時間以外は腹腔鏡下手術のほうが良好な成績だった(表2)。
3年生存率は、ステージ0からⅢまで、両群で有意差は認められなかった(図3)。
「この結果から、高齢者への腹腔鏡下手術は、開腹手術と比較して根治性に差がなく、安全性と低侵襲性が認められました。腹腔鏡下手術は、全身状態(PS)に問題がなければ、かなりのご高齢の方でも受けていただくことができると考えています」
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