先進医療承認で普及促進のステップ
咽喉頭がんに ダヴィンチの特徴が発揮される微細な作業による治療法
と語る清水 顕さん
咽頭や喉頭のがんは治療も大切だが、食事や発声、呼吸にもかかわる器官だけに術後の後遺症がなるべく抑えられる治療が求められる。これまでは頸部を切る外切開術と放射線治療が主体だったが、より負担を減らすべくロボット支援手術「ダヴィンチ」の導入が図られ、国も先進医療として承認した。治療の現状を専門医にうかがった。
口からアームと内視鏡を挿入
咽(のど)や声帯から発生するがんである頭頸部がんは、発生頻度でみるとがん全体の5%ほどであり、他のがんに比べると認知度はあまり高くない。しかし、食べる、話すなど様々な機能が集中する部位だけに、治療の質を低下させずに後遺症に配慮した治療が必要だ(図1)。
そこに登場したのが、ダヴィンチという手術支援ロボットによる手術。口から鉗子(かんし)の付いた2本のアームと内視鏡を挿入し、医師は目の前に展開される3D映像を見ながら、指に装着したコントローラーを通して、微細な動きをダヴィンチの鉗子に伝えて、病変部を摘出するというものだ。
頭頸部がんのうち、中咽頭がん、下咽頭がん、喉頭がん(声門上がん)について、2014年に先進医療Bとして承認された。現状では、この治療を受けられるのは、京都大学医学部附属病院、鳥取大学医学部附属病院、東京医科大学病院の3施設だけとなっている。
咽頭・喉頭部がん(咽喉頭がん)のダヴィンチ手術の第一人者である、東京医科大学病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科学分野臨床准教授の清水顕さんは「手術を行う感覚をわかりやすく例えると、従来の内視鏡下手術とダヴィンチ手術との違いは、UFOキャッチャーで景品を取る際に感じる困難さと、直接手で拾い上げる程の違いがあります。従来の内視鏡下手術は熟練を要しますが、ロボット支援手術には不要です」と、目の前で見ながら高い精度が期待できる術法だと強調する。
質を低下させずに しかも低侵襲
従来から行われている治療法には、手術と放射線治療がある。手術は、頸部を外から切開してがんを切除(外切開)したり、内視鏡を口から挿入して切除したりする方法だ。外切開術については、患者にとっては痛みや出血などの負担が大きく、術後に食べ物を飲み込む嚥下(えんげ)機能の低下を招くケースが多いという問題があった。
一方、頸部を切らずに顕微鏡や内視鏡を用いて行う経口切除術は、嚥下機能の維持などで治療成績を向上させたが、一度に見える視野が狭いことや、器具の稼働域が狭いといった課題があった。
放射線治療は、化学療法と併用されることも多い。かつては切開しない画期的な治療とされたが、次第に副作用の問題が注目されるようになった。病変部以外の組織にもダメージを与えてしまうためで、頭頸部がんに行った場合、唾液が出にくい、食べ物を飲み込みづらい、発声がしにくいといったことが起こる。頭頸部がんに放射線治療を行った9~39%の患者が長年にわたり口から食べることができなくなり、胃瘻(いろう)を必要とするという報告もある。
清水さんは「診療現場で、放射線治療を受けた後の患者さんが長期にわたり訴えることは、唾液が出ないということです。これはQOL(生活の質)にとても影響します。唾液によってもたらされる、白いご飯の特有の甘みを感じられません。水分もしょっちゅう取らなければならず、外来診察中でも何度も水を飲んでもらう形になります。このような後遺症を避ける治療は何かと考えたときに、がんが口から切除できる大きさならば機器を入れて切除しようという発想に行き着きます」と述べる。
多関節機能を有し、3D画像で拡大して見られる
ダヴィンチは米国で開発された医療機器で、もともとは戦場で負傷した兵士を遠隔地にいる医師が治療できるようにすることが目的だったが、それが一般の医療現場に導入された。米国で最初に承認されたのが2000年、日本で治療が行われ始めたのが2009年という新しい治療法だ。日本で現在保険適用されているのは前立腺がんだけだが、消化器系や婦人科系のがんでも臨床試験として手術に使われている。
大きな特徴は、多関節であることと、3D画像で拡大して見られること。内視鏡下手術では関節が1つで2D画像だ。清水さんは「鉗子の操作のしやすさが格段に違い、的確にがんを摘出できます」と述べる。
適応となるがんの大きさは4cmまで
それでは、どのようなケースでダヴィンチを使った治療が受けられるのだろうか。適応基準は、
・病理学的に咽喉頭がんと診断されていること (再発は除く)
・がんの大きさが4cm以下であり、周囲の組織と癒着していないこと
・20歳以上85歳未満であること
・口が開きにくいなどの症状がないこと
・臨床試験への参加について、本人が文書で承諾すること
・試験に影響を及ぼす他の病気がないこと。コントロール不良の糖尿病、心臓病や脳梗塞で抗凝固薬を中止不可能な人や肺機能の著しく悪い人は参加できないことがある
・登録前3カ月以内に他の治験、臨床試験に参加していないこと
・妊娠中・授乳中ではないこと
というものだ。
「TNM分類でT1かT2の早期がんです。4cmという大きさは、安全域を加えて切除すると6~7cmになるので、口から取り出す限界という大きさです」(清水さん)
先行する米国でも4cmはかなり難度が高いとされている。
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