血管新生阻害薬アバスチンの位置づけと広がる可能性 アバスチンと免疫チェックポイント阻害薬の併用が未来を拓く
現在、化学療法との併用で使われることがほとんどのアバスチンは、分子標的薬の中では少々、特殊な存在かもしれない。がん細胞に直接作用するのではなく、がん細胞を巡る環境に働きかけるアバスチンのメカニズム(作用機序)と今後の可能性に焦点を当ててみた。
アバスチンとは、どんな薬?
がん細胞は、正常細胞に比べて、細胞分裂が極めて速く成長が早い。成長が早いということは、それだけ栄養や酸素を多く必要とするわけで、がん組織はVEGF(血管内皮増殖因子)というシグナル物質を自ら放出し、がん専用の新たな血管を作り出して、栄養や酸素を直接取り込めるようにしてしまうのだ。こうして新しい血管を作り出すことを「血管新生」という。
「新たな血管を獲得して、がんに直接、栄養や酸素が送り込まれるようになると、がんの成長は加速度を増して、一気に大きくなってしまいます。同時に、この血管を通って、がん細胞が全身に運ばれていくことにもなるのです」とがん研有明病院化学療法部総合腫瘍科部長の高橋俊二さんは説明する。
がん組織によるこの「血管新生」に歯止めをかけるべく、2007年に登場したのが血管新生阻害薬の*アバスチンだ。アバスチンは、がん組織が放出したVEGFの働きを阻害し、がん専用の新しい血管を作らせないようにする薬。栄養や酸素を供給する道を塞ぐことで、がんを兵糧攻めにするという仕組みだ。化学療法と併用されることから、抗がん薬と思われがちだが、シグナル分子VEGFに特異的に働きかけるアバスチンは、分子標的薬である。
さらにアバスチンは、既にある血管を整備して通りをよくする働きを併せ持つ。実は、がん組織が作り出した血管は、正常な血管構造と比べると、形が不規則で不均一。曲がりくねったり、ところどころ細くなっていたりして、抗がん薬をがん組織まで行き届きにくくしているそうだ。アバスチンはこの曲がりくねった血管を整備して流れをよくし、抗がん薬ががん組織にスムーズに行き渡るようにしてくれるのだ(図1)。
なぜ進行がんにしか使えないのか
がん組織を兵糧攻めにし、かつ、抗がん薬をがん組織に届けやすくするアバスチン。それだけ聞くと「がんに打ち勝つ夢の薬」のように思えるが、今のところ、承認されているのは、大腸がん、非小細胞肺がん、悪性神経膠腫(グリオーマ)、乳がん、子宮頸がん、卵巣がんの6種のみ。かつ、すべてにおいて手術できない進行がん、そして、化学療法との併用でしか使うことはできない。
「アバスチンはVEGFというシグナル物質そのものに働きかける抗体薬ですから、血中濃度がすぐには下がらないという問題点があります。半減期は3~4週間。アバスチン投与によって出血しやすくなっている状態では手術ができないので、術前には使いにくい薬です」と高橋さんは述べる。
では、術後の補助療法として、化学療法との併用はないのだろうか。
「これに関しても、この10年、トライアルはされてきましたが、なかなか肯定的な結果が出ませんでした」と高橋さん。
大腸がんで、術後補助療法として化学療法とアバスチンを併用した臨床試験では、アバスチンを使っているときは再発率が下がるけれど、治療を終えると再発が増えて、結局、数年後にはアバスチンを使わない場合と差がなくなったとのこと。
アバスチンがVEGFの働きを阻害することで生じるのは、「がんを兵糧攻めにする」「血管を整備して抗がん薬をがんに行き渡らせる」という良い面だけではないということだろうか。
「血管を整備して通りをよくするとはいえ、新しい血管を作らせないということは、多かれ少なかれ血流悪化を招き、低酸素状態を強めるとも考えられます。低酸素状態を強めることで、がん組織が完全に死滅すれば問題ないのですが、悲しいことに、生き残ってしまうがん細胞があるのです。悪条件下で生き残ったがん細胞は、非常に強い生命力を持っています。かつ、低酸素状態によって、そのがんはさらに悪化してゆく可能性が考えられるのです」
つまり、アバスチンは、大きくなったがん組織に対して、兵糧攻めと血管整備によってダメージを与えて、一時的に小さくすることはできる。しかし、その状況下で少数なりとも生き残ってしまったがん細胞は、さらに悪性度を高めてしまうかもしれない、というのだ。
だからこそ、治癒を目指せる段階では積極的に使われない。逆にいうと、再発がんや進行がんにおいて、がん組織をとにかく小さくして症状を和らげようとするときに選択されると言えるだろう。実際、奏効率(RR)という点においては、適応がん種すべてで、かなりよい結果を出している。ただ、治癒率、延命率となると、話は違ってくるということだ。
がん種別、アバスチンの使われ方
ここからは、アバスチンの使われ方を、がん種別に見ていこう。
最も早くからアバスチンを取り入れているのが大腸がん。再発・進行大腸がんにおける化学療法では、アバスチンとの併用が数多く承認され、標準治療となっている。単独の抗がん薬だけでなく、*ゼローダと*エルプラットの併用(XELOX療法)にアバスチンを追加、*5-FU、*ロイコボリン、エルプラットの併用(FOLFOX療法)にアバスチンを追加、5-FU、ロイコボリン、*カンプトの併用(IFL療法)にアバスチンを追加併用するなど、多くの併用療法においても、アバスチンは使える(図2)。
「2016年に進行大腸がんで新たに承認された抗がん薬*ロンサーフでも、早速、アバスチン併用の臨床試験が行われ、昨年(2017年)、奏効率が改善したとの結果が報告されました。まだ報告段階なので、今後、さらに試験を重ねて、近い将来、アバスチンとの併用が承認されることになると思います」と高橋さんは言及した。
大腸がんの次に、アバスチンが多く組み込まれているのが肺がん治療。扁平上皮がん以外の進行・非小細胞肺がんにおいて適応される。かつ、肺がんにおいては、抗がん薬との併用終了後、アバスチン単独で維持療法として継続していくことも多い。
*タキソールと*カルボプラチンの併用(CT療法)にアバスチンを追加、*ジェムザールと*シスプラチンの併用(GC療法)にアバスチンを追加、*アリムタとカルボプラチンの併用にアバスチンを追加併用するなど、その使われ方も多岐にわたり、とくに、アリムタは長期間使える抗がん薬という性質上、アバスチンとの相性がいいそうだ(図3)。
再発・進行乳がんでは、タキソールとの併用が承認されている。逆に言えば、乳がんにおいて、アバスチンはタキソールとの併用しかできないのだが、それは「タキソールと併用したときに、無増悪生存期間(PFS)、奏効率ともに、最も改善が見られた」からだそうだ。無増悪生存期間とは、がんの増殖が抑えられていた期間のこと。そして、奏効率とは、がんの大きさが縮小した割合を指す。国内での臨床試験では、タキソールにアバスチンを併用したときの奏効率は70%超の結果を出した(図4)。
とはいえ、再発・進行乳がんは、完全な治癒は難しい。ゆえに、症状の発現をできるだけ遅らせたり、症状の悪化を防ぎつつQOL(生活の質)を高めていくことが治療目標になる。つまり、症状が強くてつらいとき、まずは、がんを小さくして症状を落ち着かせよう、という状況でアバスチンの出番となるわけだ。
卵巣がんは、早くからアバスチンが使われてきたがん種。そもそも卵巣がんは治療法の選択肢が少なく、進行がんは抗がん薬治療がメイン。中でもタキソールとカルボプラチンの併用(TC療法)が10年以上前から確立されてきたので、自然な流れとして、アバスチンもTC療法との追加併用で承認されている。かつ、肺がん同様、卵巣がんでも、TC療法終了後、維持療法としてアバスチン単独での投与され続けることが多い。
子宮頸がんでアバスチンの併用が承認されたのは比較的最近の2016年。タキソールとシスプラチンの併用(TP療法)にアバスチンを追加併用することが認められている。そもそも、子宮頸がんの治療法は手術と放射線治療がメインで、薬物療法の標準治療がなかなか確立されてこなかったそうだ。
「早くから薬物療法の標準治療が確立された卵巣がんと違い、子宮頸がんの薬物療法の標準治療は、シスプラチンなのかカルボプラチンなのか、さらにはタキサン系を併用するのが本当にいいのか、に至るまで議論が続けられていて、いまだこれがベストというものが明らかになってはいません」と高橋さん。
そんな中、アバスチンとの併用を承認するにあたって、「たまたまTP療法との併用試験によい結果が出たので承認されたのではないか」とのこと。ただ、シスプラチンは点滴での投与時間が長く、しびれなど副作用もきついため、タキソールとカルボプラチンの併用(TC療法)にアバスチンの追加併用を望む声もあるそうだ。
最後に悪性神経膠腫(グリオーマ)について。これは悪性脳腫瘍の代表的なもので、脳を構成している細胞のうち、グリア細胞がもとになってできるがん。放射線治療に*テモダール追加が標準治療だが、そこにアバスチンを追加併用すると、無増悪生存期間を延長できることが明らかになっている。
*アバスチン=一般名ベバシズマブ *ゼローダ=一般名カペシタビン *エルプラット=一般名オキサリプラチン *5-FU=一般名フルオロウラシル *ロイコボリン=一般名ホリナートカルシウム *カンプト=一般名イリノテカン *ロンサーフ=一般名トリフルリジン *タキソール=一般名パクリタキセル *カルボプラチン=商品名パラプラチン *ジェムザール=一般名ゲムシタビン *シスプラチン=商品名ブリプラチン *アリムタ=一般名ペメトレキセド *テモダール=一般名テモゾロミド
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