息苦しさをやわらげる「呼吸リハビリ」
ちょっとしたコツをマスターするだけで呼吸がうんと楽になる
要町病院院長の
吉沢孝之さん
要町病院
リハビリテーション室室長の
岩城基さん
イラスト:鬼澤明美
がんが進行すると呼吸困難感を伴うことが少なくない。息切れも起こしやすい。呼吸不全になることもある。肺がん手術後は、肺組織の切除によって肺活量が減るために肺機能が落ちる。拘束性肺障害と呼ばれるものだ。とくに肺組織を半分近く切除すると、徐々に息切れなどの症状が起こり、呼吸不全になりやすいとも言われる。
そこで、最近は、呼吸困難感や息切れを改善して、呼吸を楽にする呼吸リハビリテーションが注目されている。呼吸リハビリテーションを取り入れた緩和ケアを行っている病院も現れた。東京都内ではいち早く、2005年4月から呼吸リハビリテーションを始めた東京都豊島区にある要町病院での取り組みを紹介しよう。
手軽にできる呼吸リハビリ
要町病院の病床数は162床。5階の緩和ケア病棟には常時40人の患者が入院。緩和ケアを受けている。在宅医療にも熱心で、現在、60人ほどの在宅療養中のがん患者の往診を行っている。
「これまで、がん患者さんの息苦しさに対しては、薬物療法に力を入れて対応してきましたが、近年、薬物療法とともに呼吸リハビリテーションの有効性が言われています。そこで、当院では昨年4月、理学療法士・呼吸療法認定士を迎えて、息苦しさを改善するための呼吸リハビリテーションを始めました。患者さんの生活の質(クオリティ・オブ・ライフ=QOL)の向上に役立っています」と要町病院院長の吉沢孝之さん。
呼吸リハビリテーションとは、呼吸器系疾患の患者と家族に対して行われる医療サービスである。医師、看護師、理学療法士、作業療法士、薬剤師、栄養士などの専門家が医療チームを編成して取り組む。医療チームの中で中心的な役割を担うのが呼吸療法認定士だ。理学療法士、看護師、准看護師、臨床工学技士の有資格者で、認定試験に合格した呼吸療法に習熟した専門家である。この資格制度は、96年、呼吸リハビリテーションの向上を目指して、日本胸部外科学会、日本呼吸器学会、日本麻酔科学会の3学会で発足。認定試験合格者は1万4272人。この呼吸療法認定士の活動などで、呼吸リハビリテーションは普及しつつあるようだ。
「リハビリテーションというとつらいイメージがありますが、呼吸リハビリテーションは手軽に始められます。ちょっとしたコツをマスターするだけで、呼吸が楽になります」と要町病院リハビリテーション室室長の岩城基さんは言う。
週6回患者のリハビリに取り組む
呼吸リハビリテーションとはどのように行われるのだろうか。Aさんへの取り組みを通して紹介しよう。
Aさん(75歳)は、5年前に右上葉の切除手術を受けた。術後、順調な経過をたどったが、自宅の階段や散歩中の坂道で息切れを起こすようになった。都内のある病院で診断した結果、肺がんの再発はなく、積極的な治療は必要ないとのことだった。また、血液検査などで調べた結果、安静時は血液中酸素の低下はなく、動いたときだけ若干下がることから酸素療法は必要ではないこともわかった。
そこで、担当の医師は、Aさんには息切れを改善する呼吸リハビリテーションが必要と判断し、要町病院呼吸器科を紹介した。同科では週6回、医師と連携して、岩城さんらが患者の呼吸リハビリテーションに取り組んでいる。外来の場合は、週1~3回、合計5~10回で呼吸リハビリの導入を行う。
息切れが少なくなる腹式呼吸
外来1日目。岩城さんは、Aさんから日常生活の中で、どんなときに息切れが起こるのか、聞き取りを行った。食事中、トイレ、入浴、階段の上り下りなどで息切れがあるかどうかなどを詳しく聞いた。また、ベッドで横になったAさんの胸に軽く手を当てて、呼吸の状態をチェックし、院内の階段をのぼってもらって、そのときの息切れ、呼吸状態も調べた。さらに、身長・体重、呼吸筋力の状態、呼吸のパターン、6分間平地歩行テストによる運動能力、息切れの状態などを付け加えて、Aさんの呼吸の評価表を作成した。
「呼吸には胸式呼吸と腹式呼吸があります。お腹をふくらませる腹式呼吸をしたほうが酸素の消費量が減って血液中の酸素濃度が上がり、息切れが少なくなります。Aさんは、胸式呼吸をしていて胸郭が硬くなっていました。胸式呼吸だと呼吸に使うエネルギーが多くなって、息切れ感が増強します。また、呼吸が浅くて速い『浅速呼吸』と呼ばれる状態でした。この浅速呼吸は深呼吸と正反対の呼吸です。少ない空気を入れたり、出したりしているため、呼吸の効率が悪い状態でした」と岩城さん。
Aさんのような呼吸状態で、階段や坂道などで息切れを起こしていると、次第に体を動かすことを避けるようになって引きこもりがちになる。また、うつ状態になり、さらに運動量が減り、体力や呼吸機能が低下して少しの運動でも息切れを起こす。放っておくと寝たきりになってしまう可能性もあるという。そこで、岩城さんは、Aさんに呼吸リハビリテーションのプログラムの1~6への取り組みを提案した。
呼吸リハビリテーションのプログラムは下の表のように1から7まである。7は痰が多く、出しにくいときに行う。1が一番マスターしやすく、6が最も努力を必要とするようだ。一般的には、息切れの重い人ほど楽な方法から始める。一番マスターしやすい1からスタートする。岩城さんは「Aさんは1から6までのプログラムをしっかりとマスターすることが必要だ」と判断した。
呼吸器疾患にみられる症状 | 呼吸リハビリテーションのプログラム |
---|---|
1. 息切れ | ⇒ 1. リラクゼーション |
2. 腹式呼吸困難 | ⇒ 2. 呼吸練習 |
3. 胸郭がかたくなる | ⇒ 3. 胸郭可動域運動 |
4. 呼吸筋が弱くなる | ⇒ 4. 呼吸筋トレーニング |
5. 日常生活も困難になる | ⇒ 5. ADL(日常生活動作)練習 |
6. 体力が落ちる | ⇒ 6. 運動療法 |
7. 痰がたまりやすくなる | ⇒ 7. 排痰練習 |
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