肺がんの縮小手術 超低侵襲な肺がん手術を目指して
過不足のない肺切除を実現!注目の「VAL-MAP」法
肺がん手術の標準術式は肺葉切除だが、高齢患者が増えたことなどから、早期肺がんに対する縮小手術が増加すると考えられている。しかし縮小手術は、切除範囲を把握するのが難しく、難易度が高い。その問題点をクリアにするのが「気管支鏡下バーチャル肺マッピング(VAL-MAP)法」だ。国内外から、大きな注目を集めている。
需要が高まりつつある肺がんの縮小手術
依然として、がん年間死亡率の第1位である肺がん。肺がんは発生部位によって早期発見が難しく、発見されたときに、手術適応になるのは3割程度と言われている。しかし昨今、CT検査の解像度の向上などにより、ごく早期のがんも発見できるようになってきた。
また、肺がんも他のがんと同様、患者の高齢化が進み続けている。高齢者は年齢的な問題と同時に、併存疾患を抱える人が多いため、できるだけ負担の少ない治療が求められる。とくに肺は患者のQOL(生活の質)に大きな影響を及ぼす呼吸を司っている臓器であるため、早期にがんを見つけて、低侵襲の手術を行うことが大切だ。つまり、できるだけ切除範囲を小さくすることが理想ということだ。
そうした背景もあり、昨今肺がんの領域でも、縮小手術が求められている。
「ヒトの肺は、右側に3つ(上・中・下葉)、左側に2つ(上・下葉)の合計5つの袋に分かれています。従来は、小さながんであっても袋単位で取る『肺葉切除』が標準術式として行われてきました。しかし、ほんのわずかながんを取るために、肺葉ごと切除することに疑問を抱く医師は数多くいたと思います。そこで、切除範囲を小さくした『区域切除』や『部分切除』といった縮小手術が注目されるようになってきたのです(図1)」
そう説明するのは、東京大学医学部附属病院呼吸器外科講師の佐藤雅昭さんだ。
さらに佐藤さんは続ける。
「縮小手術は、早期の肺がん(浸潤傾向に乏しい小型肺がん)なら肺葉すべてを取らなくても同等の成績が得られます。また、第2肺がん、第3肺がんが発生したときや、複数のがんが見つかる多発肺がんの場合、肺葉手術では対応できないことがあります。さらに、高齢の患者さんが増えたので、なるべく切除範囲を小さくし、肺機能を温存する手術が求められています。こうした理由から、今後も縮小手術の需要は高まることが考えられます」
縮小手術について、もう少し詳しく解説していこう。
縮小手術の問題点は「再現性の乏しさ」にある
縮小手術には、解剖学的な特徴に従って肺を区域単位(右が10、左が8)で取る区域切除と、区域とは無関係に、がんとその周囲をくり抜くように取る部分切除の2種類がある。一般的に縮小手術の適応は、積極的な適応と消極的な適応の2つに分けられる。
積極的な適応とは、早期の肺がんであり、縮小手術でも肺葉切除と同等の根治性が望める場合をいう。一方、消極的な適応は、高齢者や併存疾患のある人、ヘビースモーカーで肺機能に問題のある人など、本来なら肺葉切除が有用であっても、患者への負担が大き過ぎる場合をいう。
また、部分切除と区域切除のどちらを行うかについては、がんが肺の表面に近い部分にあり部分切除を行える病変も、肺の中心に近い深い部位であれば、くさび状に切る区域切除を行う必要が出てくる。どちらの術式で行うかの具体的なコンセンサスはなく、ケースバイケースで施行されている。
ところが、縮小手術には問題点がある。肺葉手術は解剖学的にどこを切除するのかが明らかだが、部分切除や区域切除ははっきりわからない。病変に対してどこまで切除するかが明確ではないのだ。
「とくに小さなすりガラス様病変は、触っても正常組織との区別がつきにくい。肺葉切除とは異なり、過不足なく適切に切除するにはどう切るべきか、はっきりしないのです。CT画像で想定した部分を必ずしも切除できるとは限りません。切除断端ががんからギリギリであれば、そこから再発してしまう可能性もあります」
つまり、縮小手術は「的確に病変を切除し、誰が行っても同様にできる再現性のある手術」というわけにはいかないということになる。
肺の表面に印をつけ 切除範囲を明確にする
では、診断通りに病変を切除するためにはどうすればいいのか。そこから生まれた発想が、術前に病変部分がわかるよう肺の表面に印をつけて、確実にがんを取り切ろうということだった。
その方法としてまず考案されたのが、CTを用いて胸部に針を刺し、ワイヤーを打ち込んだり色素を注入して印をつける『CTガイド下経皮穿刺マーキング』だ。
「この方法は1990年代後半に始まり、2000年代の前半に普及しました。ただ問題だったのが、針を刺すことで血液中に空気が入り込み、その気泡が脳や心臓などに運ばれて細い血管を塞いてしまう『空気塞栓』を起こすことです。これによって、心筋梗塞や脳梗塞などの合併症が、全体の1.5%ほど発生しました。本来、低侵襲なはずの手術で重い副作用につながる可能性があることから、徐々に実施する施設が減ってきています」
そんな状況下、2012年、佐藤さんが京都大学医学部附属病院に在籍しているときに開発したのが『気管支鏡下バーチャル肺マッピング(Virtual assisted lung mapping = VAL-MAP)法』だ。肺がんの検査に用いられる気管支鏡を使えば、内側から印をつけることができる。
高解像度CT画像をもとに、コンピュータ上で3次元再構成したバーチャル気管支鏡と3D画像をガイドにし、気管支鏡を使ってインジゴカルミンという青い染色液1㏄を、3~7カ所程度マーキングする。インジゴカルミンは、食品添加物にも用いられている安全なものだ。その青い印を目安にすると、切除する範囲がはっきりとわかるようになる(図2)。
さらに、手術時間も大幅に短縮される。佐藤さんたちは、7㎜のすりガラス様病変の部分切除で、なんと切除時間15分程度という症例も経験している。
「VAL-MAP法では、病変を囲むように複数個所をマーキングします。肺は肝臓のように硬くはなく、スポンジのような臓器です。手術中に肺が縮んでしまうと、目印が1つだけでは、病変の位置がわかりにくくなってしまう。しかし、複数つければ角度や相対的距離といった位置情報を与えることができるので、肺の形が変わっても手術が行いやすい(写真3)。しかも安全で、患者さんへの負担もほとんどありません」
合併症については、治療を要しない気胸が4%程度あるが、その他は非常に稀だという。多施設共同研究(図4)では、現在までに450例を実施。切除成功率は99%以上と、好成績を収めている。
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