渡辺亨チームが医療サポートする:早期肺がん編
サポート医師・山本信之
静岡県立静岡がんセンター
呼吸器内科部長
やまもと のぶゆき
1962年和歌山県生まれ。
89年和歌山県立医科大学卒。
92年国立がん研究センターレジデント、97年近畿大学医学部第4内科(現腫瘍内科)助手、99年同講師を経て、02年静岡県立静岡がんセンター呼吸器内科部長。
モットーは「チーム医療」。
サポート医師・大出泰久
静岡県立静岡がんセンター
呼吸器外科副医長
おおで やすひさ
1968年静岡県生まれ。
93年浜松医科大学卒。
96年国立がん研究センター東病院レジデント、99年聖隷浜松病院外科医員、01年同医長を経て、02年静岡県立静岡がんセンター呼吸器外科副医長。
ヘリカルCT造影撮影により、右肺の上葉部に腺がんが見つかった
中川純一さんの経過 | |
2003年 10月15日 | 人間ドックで「右肺に影があり、肺がんの疑いがある」といわれる |
10月20日 | K病院でヘリカルCT検査を受ける |
10月23日 | ヘリカルCT検査の結果、「1b期腺がんの疑い濃厚」と診断される |
自動車メーカーに勤める中川純一さん(仮名・48)は、会社から中国赴任を命じられたのをきっかけに、人間ドックに入院するが、ここで肺がんの疑いを指摘された。
ヘリカルCTによる精密検査の結果、1B期腺がんであることが濃厚になり、計画に暗雲が漂う。
体調も良好だったが、人間ドックで右肺に影が
自動車メーカーの課長を務める中山純一さん(48)は、東京都の多摩地区に3歳年下の妻の美恵子さんと、高校2年生の1人娘美香さん、74歳の母親・登紀子さんの4人で住む。ウォーキングなどで健康管理に努めており、身長168センチに対して体重65キロとそれほど肥満でもなく、とくに大きな病気も経験していない。かつては1日2箱程度のヘビースモーカーだったが、父親が70歳で肺がんで死亡したのをきっかけに、40歳を前にして禁煙を試み、苦労したあげく43歳の時ついに禁煙に成功している(*1たばこと健康へのリスク)。かつて父親に肺の扁平上皮がんが発見される前は、かなり長期にわたってせきとたん(*2)が続いていたが、中川さんにはそんなことはまったくなかったので、「俺は肺がんの心配はなさそうだな」と思い込んでいたのである。
2003年10月10日、中山さんは部長から呼び出され、年が明けた2004年から中国・上海支社へ行って欲しいと異動を命じられた。「この先少なくとも3年間は中国で働いてもらいたい」とのことである。中山さんにとって初めての海外赴任であり、しかも家族を連れていくわけにはいかないので単身生活となる。ライバル企業との競争も激しいが、社内の同僚たちとの競争も厳しさを増している中で、中山さんは社命にそむくこともできない。会社が「前もって体のチェックを万全に」と、手配してくれた1泊2日の人間ドックに入院することになった。
この人間ドックの退院時に、検査医師は中山さんにショッキングなことを告げる。
「X線検査で右肺に影が映っているようですが、肋骨の陰に隠れていてよく見えません。悪い病気かもしれませんから、高分解能のヘリカルCT のあるK病院で精密検査を受けてください」
そして、X線写真を同封したK病院への紹介状を、中山さんに渡したのである。
「がんかもしれない」という不安でいっぱい
「今日、人間ドックで肺がんかもしれないって言われたんだ。困ったよ。これじゃ、中国に行けないな」 家に戻ると、中山さんは妻の美恵子さんにこう打ち明けた。
「ええっ」
と妻は驚きの声をあげる。
「来週精密検査を受けないと、はっきりしたことはわからないんだけどね。よく見えるCTで調べることになっているんだ」
「なんだ、がんと決まったわけじゃないのね。きっと何でもないわよ」
「そうはいっても、おやじも肺がんで死んでいるし、うちは肺がんになりやすい家系なのかもしれない(*3肺がんの遺伝)。肺がんで死ぬ人は増えているんだろう(*4日本人の肺がん)」
美恵子さんは、すっかり悲観的になっている夫を見て、元気づけようとつとめて明るく振る舞おうとする。
「おかしいわね。あなたはたばこもやめたし(*5肺がんの危険因子)、緑黄色の野菜も良く食べているからベータカロチンもたくさん摂っているのにね。お酒もワインが中心だから、ポリフェノールも多いはずよ。がんになるはずがないわ。きっと精密検査でわかるわよ」
しかし、中山さんの頭の中は「がんかもしれない」という不安でいっぱいである。
「おふくろにはよけいな心配をかけたくないから、まだ何も言うなよ。おやじのことがあるので、俺の健康には神経質になっているからな。会社にはなんて言おうかな。上海行きを断るしかないなあ」
「何を言っているのよ。体が第一でしょ。仕事は二の次よ。それにもしがんだったとしても、早期なら今は簡単に治るようになっているっていうでしょう。今から中国行きのことを考えるなんて、よけいな心配よ」
美恵子さんは、弱気になりがちな夫を、なんとか励まそうとしていた。
1b期の肺腺がん。転移の心配はない
10月20日、中山さんはヘリカルCT(*6)による検査を予約していたK病院を訪れた。あらかじめ予約のとき、「造影剤を使った検査を行いますから、朝食は摂らないでご来院ください」といわれたので、腹ペコの状態だ(*7造影撮影)。午前10時に予約していたが、中山さんは「どうせ1日がかりになるのだろう」と考え、この日は会社を休むことにしていた。
しかし、K病院の検査センターの窓口へ行くと、中山さんはほとんど待たされることなく「どうぞ」とヘリカルCT装置のある検査室の中に導かれた。
「この機械は、最も検査成績のすぐれた機械なんですよ」
検査医はこう説明し、中山さんに検査衣に着替えてヘリカルCTの検査テーブルに乗って横になるよう促す。腕には造影剤の点滴が施された。まもなく「息を止めてください」という声がしてテーブルが動き始める。じっとしていると、20秒間くらいで「はい、いいですよ」と次の声がした。X線撮影ならまだまだ「息を止めて」と繰り返され、検査は20、30分続くところなので、中山さんはそのままテーブルに横たわっていたが、医師は「これで終わりですから」と言う。「えっ、これで?」と中山さんがもう一度念を押さなければならないほど、検査はあっけなく思ってしまった。
「検査結果については、複数の医師の評価を合わせたものをお伝えすることになるので、10月23日にご説明します。改めてこちらへお越しください(*8二重読影)」
検査医にこう言われて、中山さんはまだ11時前なのに、病院をあとにしたのである。
3日後、中山さんは検査医の説明を聞くために再びK病院を訪れた。モニターの前に案内されると、輪切りにされた中山さんの肺の画像が映し出されている。医師はその中に白く浮いている点を指差した。
「右肺の上葉という部分に大きさ3.4センチの影が見つかりました。形状からいって肺がんの可能性が高いと思われます。組織型は細胞を取り出して顕微鏡で調べる生検を行うまで確定できませんが、おそらく非小細胞肺がんの腺がんという種類でしょう(*9肺がんの種類)。ただし、幸いなことにこの検査の範囲には、リンパ節や他の臓器にがんの転移と思われるような影はみられませんでした」
がんの可能性を告知され、中山さんはじわっと冷や汗をかいていた。
「大変なことになったな。会社に迷惑をかけることになるぞ。やはり上海行きは断るしかないだろうか?」
医師は説明を続けているが、中山さんは「はい」「はい」とうなずくばかりで、医師の言葉の意味が少しも頭に入らなくなっていた。
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