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患者の負担が軽く、QOLがよい転移性肺がんの凍結療法
マイナス135℃のガスでがん細胞を凍らせて、再発や浸潤を抑える

監修:川村雅文 慶応義塾大学病院呼吸器外科講師
取材・文:松沢 実
発行:2004年3月
更新:2013年4月

  
川村雅文さん
肺がんに対する凍結療法のパイオニアの慶応大学病院呼吸器外科講師の川村雅文さん

マイナス135℃の高圧ガスでがん細胞を凍らせて死滅し、再発や浸潤を抑える新しい治療が注目を集めている。

凍結療法と呼ばれる治療だ。

まだ試験段階で、治療を受けた患者数は少ないが、手術や放射線に比べて患者さんの負担が少なく、QOL(生活の質)も向上することが確かめられつつある。

手術や放射線治療などを受けられない再発肺がんや転移性肺がんの患者さんに朗報。

ガスでマイナス135℃に凍結する治療

ブタの肺に対して凍結療法を行った中心部の病理写真

ブタの肺に対して凍結療法を行った中心部の病理写真。肺胞は破壊され、出血なども起こっている

転移性肺がんと再発肺がんに対する凍結療法が、いま、熱い視線を浴びている。

一昨年、慶応義塾大学病院で臨床試験がスタート。これまで40人近くのがん患者に試みられ、凍結療法の利点、従来の手術や放射線治療より優れた特長が確認され始めたからだ。

凍結療法はがんに針(プローブ)を刺し、凍結ガスをその先端から噴出させ、マイナス135℃に凍結させることによってがん細胞を死滅させる新たな治療法だ。

「安全にプローブを腫瘍へ刺しこめることはもちろん、患者の肉体的負担が軽微で、症状の改善や生活の質(QOL)の維持・向上をはかれることが確かめられつつあります。なによりも3センチ以下の肺腫瘍に限ると、凍結させたところからの再再発が一つもなく、局所のがん病巣を十分に制御できることが立証されました」

肺がんに対する凍結療法のパイオニア、慶応大学病院呼吸器外科講師の川村雅文さんはそう指摘する。

肺機能を大きく損なうので手術ができない例

田上修司さん(73歳)が、慶応大学病院で凍結療法を受けたのは昨年10月。その5年前(1998年)、田上さんは直腸がんの手術を受けている。しかし、翌年から再発をくり返し、二度までは手術や抗がん剤でなんとか乗り切ったが、三度目の昨年、田上さんの肺転移に対し、もはやこれ以上の手術は困難と判断され、代わって凍結療法を受けることになったのである。田上さんは右肺の中葉と下葉が切除され、左肺にも部分切除が行われ、肺の呼吸機能を大幅に低下させていた。

「田上さんの左肺の新たな転移巣は直径約1.5センチの大きさで、小さなほうでした。しかし、手術で切除すると残肺機能を大きく損ねてしまう場所にあり、呼吸が難しくなることから手術はできないと判断されたのです」(川村さん)

残された治療方法は放射線治療だが、それも残肺機能を大きく損ねると判断された。その結果、凍結療法が治療の選択肢として浮上し、慶応大学病院の呼吸器外科へ転院してきたのである。

田上さんに対する凍結療法はプローブを1本刺す、一度の治療だけですんだ。転移巣の中心部に刺したプローブを中心に、凍結ガスによって約3センチのマイナス135℃の氷の玉(アイスボール)がつくられた。直径約1.5センチの転移巣はアイスボールの内側に含まれ、その中のがん細胞はすべて死滅した。

「田上さんの新たな転移巣を無理に手術で切除したり、放射線で治療すると、治療後の日常生活は酸素吸入を行うマスクが手放せなくなったと思われます。が、凍結療法で残肺機能への損傷を最小限に食いとどめたことから、退院1カ月後には海外旅行を楽しめるまでに回復したのです」(川村さん)

田上さんは、術後4カ月近くが経とうとしているが、凍結箇所からの再発はまだ認められていない。

[直腸がんから肺へ転移した田上さんに対する凍結療法の治療経過]
写真:田上さんに対する凍結療法の治療経過

左端手術前。上のほうの白い部分が直径1.5センチのがん。左から2番目治療用のプローブを差し込んだところ。右端治療後1カ月後、凍結されたがん病巣は吸収された

がんの中心部へ針を入れることが治療の成否を決める

写真:米エンドケア社の凍結治療機器
米エンドケア社の凍結治療機器

慶応大学病院では米エンドケア社の凍結治療機器を用いている。CTで肺を透視し、その画像を見ながら針をがんの中心へ刺し入れるシステムだ。針(誘導針)は外筒と、凍結ガスを注入するプローブの二重構造となっている。外筒は直径4ミリ、プローブは直径3ミリと、直径2.4ミリのタイプがある。

「凍結療法は正確に腫瘍の中心部へ誘導針を刺し入れることが、治療の成否を決めます。いまのところCT透視の画像は2次元のものだから、針を正確に腫瘍の中心に近づけていくためには熟練を要し、1本のプローブを刺し入れるのに20~30分かかります」(川村さん)

実はアイスボールをつくるのはそう簡単ではない。肺は肝臓や腎臓などのような中身の詰まった臓器ではなく、空気交換のための数多くの肺胞が集積しており、それらが空気で膨らんでいるため、ガスを注入しても、肺胞の中の空気が断熱材となり、容易に凍結させることができないからだ。そこで、凍結と解凍を繰り返して、出血性の肺水腫(血液中の液体成分が血管の外に沁み出し、肺にたまる状態)をつくり、それで生じた血液成分を熱媒体にして、大きなアイスボールをつくっていくのである。

凍結ガスは高圧のアルゴンガス、解凍ガスは高圧のヘリウムガスを使用する。がんの中心部へプローブを刺し入れ、アルゴンガスを注入。約30秒でマイナス135℃にして5分間凍結させる。次いでヘリウムガスを注入し、今度は一挙に温度を20℃まで上げ約10分で解凍する。この凍結と解凍を2~3回繰り返すと、肺胞の中が気体から液体に置き換わり、アイスボールが徐々に大きくなっていくのである。

1本のプローブでつくることのできるアイスボールは直径3センチの大きさまで。約3センチまでのがんのほとんどは球形だから、1本のプローブを刺し入れるだけですむ。しかし、3センチ以上のがんになると体積が大きいことに加え、形状に凹凸が現れ不定型な形となるから、プローブを2~3本刺し入れてより大きなアイスボールをつくる必要がある。

3センチ以下のがんの場合、1回の治療に要するのは1時間~1時間半だ。プローブを3本刺し入れる大きながんの場合、3時間前後かかる。いずれも局所麻酔を行う。

[新旧プローブの比較]

写真:ストレートタイプのプローブ
従来のストレートタイプ(径3ミリ)
写真:曲がりタイプのプローブ
今回導入された曲がりタイプ(径2.4ミリ)


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