渡辺亨チームが医療サポートする:大腸がん編
サポート医師・朴成和
静岡県立静岡がんセンター
診療科部長
ぼく なりかず
1962年生まれ。
87年東京大学医学部卒業、同大学第3内科、第1内科、社会保険中央総合病院内科に研修医として勤務。
89年国立がん研究センター中央病院内視鏡部で任意研修、
90年東京大学分子細胞生物学研究所の研究生。
91年国立療養所松戸病院内科医員、
92年国立がん研究センター東病院内視鏡部医員、
01年同医長、02年より現職。
便潜血反応検査を受ければ大腸がん死亡率が減少する
斉藤信子さんの経過 | |
2002年 4月25日 | 近所のクリニックで便潜血反応が陽性。 |
4月28日 | R病院消化器内科の内視鏡検査で腫瘍を発見し、組織検査へ。 |
東京の下町に住む主婦の斉藤信子さん(51歳)。
少し小太りだったが、便秘がひどくなったことから区の健康診断を受けたところ、便潜血反応が陽性と出た。
「がんの疑いがあるので、大腸内視鏡検査を」の指示が出てあわてた。
その後ははたしてどうなっていくのだろうか。
自覚症状はなかった
東京都東部の下町で、3DKの小さな1戸建てに住む斉藤輝男さん(54歳)と信子さん(51歳)の夫婦は、結婚して25年、1男1女を育て上げた。長女の聖子さんはすでに2年前に嫁いでいて、夫の赴任先である宮城県仙台市に住む。現在斉藤家は、夫婦とサラリーマン1年生の長男の一樹さんとの3人暮らしである。
輝男さんは都心の中規模企業に30年間勤め続けており、信子さんは週3日、近所の経理会社にパートタイムで働くかたわら主婦業をこなしている。信子さんには、電車で1時間離れた埼玉県の町に1人住まいをする病気がちの78歳の母親があり、そろそろ介護を心配しなければならなくなっていた。
信子さんは身長157センチくらいに対し、体重は56キロくらいとやや肥満ぎみだった。この頃信子さんは体にちょっとした異変を感じている。もともと便秘ぎみで貧血の傾向があったが、それらの症状がひどくなっているように思えた。「ちょっと体調が悪いだけなのだろう」とも考えたが、近所の区の指定医となっているDクリニックで区民定期健康診断を受けてみた。
健診の結果、信子さんは、以前風邪で何度かかかったことのあるD医師から、思わぬことを告げられる。
「便潜血反応(*1)が陽性です。大腸がんの疑いが出てきました(*2大腸がんとは)。もちろん便潜血反応の結果だけでがんと確定できるわけではないので、R病院で大腸内視鏡検査を受けてください。毎年、健診を受けておいていただければよかったんですけどね」
これだけ聞いて信子さんは、卒倒しそうなほどドキドキしてしまった。
イチゴジャムのような血便
「あなた、たいへん。今日D先生のところで、大腸がんかもしれないって言われたのよ。来週精密検査を受けるの」
夫が帰宅すると、信子さんは待ちかねていたかのように玄関に飛び出していって、その日の出来事をいっきにまくしたてた。
「えっ、それはたいへんだ。そういえば、お前はこの頃よく便秘していると言ってたな。あれは大腸がんの症状だったんじゃないか(*3大腸がんの自覚症状)」
靴を脱ぎながら、輝男さんはこう返す。もっとも日頃からそそっかしいところがある信子さんの話を、輝男さんはまだあまり深刻に受け止めていなかった。
居間では一足先に帰った一樹さんが夕食の最中のようである。輝男さんを見て、一樹さんは「お帰りなさい」と声をかける。輝男さんがテーブルをのぞきながら言った。
「おや、またシチューかい。母さんはほんとに肉が好きだな。大腸がんが西洋人に多いのは食べ物のせいだっていうぞ(*4大腸がんのリスクファクター)。たまには刺身でも食わせてくれよな」
「なに言ってるのよ。この前の日曜日はお刺身だったじゃない。最近はお肉よりお魚のほうが高いのよ」
この日はいつもと変わらず明るい斉藤家だった。信子さんの中で少しばかり芽生えていた不安な気持ちが消えていったかのようである。
が、翌朝、トイレにいった信子さんはいやなことに気づいた。便の中にイチゴジャムのように見える血便が混じっていたのだ。
わずか1分で腫瘍を発見
2002年4月28日、大腸内視鏡検査(*5)を受ける日の朝、信子さんは朝食を摂らずに、R病院から処方された下剤などを2リットルの水に混ぜたニフレック液というものを、2時間かけて飲まなければならなかった。飲み終えて30分ほどして急に腹痛を覚えてトイレに駆け込むと、水のような便が出る。数回にわたってトイレと居間を往復すると、最後は便が透明な水のようになり、ようやくお腹が少し落ち着いてきた。大腸内視鏡を受けるには、準備だけでもけっこう大変なのだと思い知らされる。
R病院にやってくると、検査を受けるための服を渡されて、これに着替えて順番を待つ。「斉藤さん、中へどうぞ」との案内があって検査室内に入った。40代半ばと思われる検査医は「消化器内科の大田です」と自己紹介をし、「左側が下になるようにして、壁側を向いてお尻をこちらに向けてください」と話す。とても恥ずかしい格好をしているはずだが、前週自分の血便に気づいていた信子さんは、「そんなことを言っていられない」という気持ちのほうが強かった。
「私は麻酔を使いませんから」という声のあと、お尻にグリースのようなものが塗られたのを感じる。まもなく、信子さんはお尻からカメラが挿入されるのを感じた。よほど大田医師が慣れているためか、痛みはまったくないし想像していたほど違和感もない。
大腸内視鏡で発見したがん
「中の様子はこの画面で見られますからね」
大田医師が示すモニターには、腸内の様子が映し出されていた。そして、ものの1分くらいのうちに、カメラは異変部をとらえていた。
「あ、何か見えますね。S状結腸という部分です。ここから出血しているようですね(*6早期結腸がんと進行結腸がん)」
「がんでしょうか?」
「画像ではよくわかりません。組織を取って調べましょう」
まったく大腸内視鏡の画像を見たこともなかった信子さんだが、腸壁から岩のように盛り上がっているものがとても異様に感じられた。底知れない恐怖感が沸いてきて、モニターから目をそむけてしまう。
「もっと奥のほうものぞいてみますからね」
大田医師が操作し、カメラはさらに進んでいったが、あとは盲腸に行き着くまできれいな赤みをおびた肌色の腸壁が続くばかりだった。
「他臓器への転移も考えられるので、画像診断を行う必要があります(*7大腸がんの広がり診断)。その結果次第で、どんな手術を受けていただくのがよいかという方針を立てることができます」
大腸内視鏡検査が終わったあとも、X線CTやMRIなど、画像検査が続いた。
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