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治療困難ながん性腹膜炎の最新治療 タキソール、TS-1などの登場で明るい陽射しがさしてきた

監修●吉野茂文 山口大学大学院消化器・腫瘍外科講師
取材・文●守田直樹
発行:2006年7月
更新:2019年8月

  
吉野茂文さん
山口大学大学院
医学研究科講師の
吉野茂文さん

胃がんが進行すると、胃壁の表面から裏側へとしみこみ、ついには漿膜を破って腹腔内へこぼれ落ちる。このこぼれ落ちたがん細胞は腹腔内で様々な炎症をひき起こし、がん性腹膜炎となる。がん性腹膜炎になると、治療の手がなくなり、全身状態が急速に悪化する。少し前までは。しかし、今は、こうした状態でも抗がん剤治療の手がある。その最前線をご報告しよう。


進行・再発胃がん患者の約4割ががん性腹膜炎

胃がんの転移形式には、リンパ行性転移、血行性転移、播種性転移の3つが挙げられる。

その1つは、まるで種を播くように散らばるのでこう呼ばれ、未分化型のがん、いわゆる悪名高いスキルス性胃がんがこの典型だ。

胃がんは通常、胃壁の最も内側の粘膜から発生し最も外側の漿膜にまで順々に食い込んでいく。最後に漿膜を突き破り、その外にある腹腔のなかにこぼれ落ちるのが腹膜播種だ。腹膜というのは腹腔内の臓器を包んでいる膜状のもの。胃の周囲も腹膜で覆われている。

しかし、スキルス胃がんでは手術時に腹膜転移が無くても、多くの方が腹膜転移、再発を起こす。検査で発見できないがんがすでに散らばっているわけだ。

腹膜にがんが転移すると、肝臓や肺への転移と同じ遠隔転移となって病期は4期になる。炎症を起こしてがん性腹膜炎になり、腹腔のがんが塊になると腸を圧迫する腸閉塞や、尿路系を障害する水腎症を併発したり、腹水の貯留も高頻度にみられる。

山口大学大学院講師の吉野茂文さんは、がん性腹膜炎についてこう語る。

「進行・再発胃がん患者さんは、4割くらいががん性腹膜炎になっていると思われます。腹膜転移すると進行も早く、腹痛や腹部膨満感などのさまざまな症状が出て、体力も消耗してしまう。これまで我々も必死で治療に取り組んできましたが、残念ながら満足のいく治療効果は得られませんでした」

腹膜転移した場合、治癒を目指すのではなく、症状を抑えてQOL(生活の質)を高めるための治療になる。

以前は行われたこともあった腹膜転移に対する胃がんの拡大手術は、「QOLを落とすため今ではほとんど行わない」と、吉野さんは言う。

3カ月や半年といった余命宣告を受けることもあるが、近年の抗がん剤の飛躍的な進歩で状況が変わりつつあるという。

「以前だったら、再発胃がんに抗がん剤が効いたなんていうのは嘘、効いて無かったというのが正直なところです。
でも、7年くらい前から使えるようになった新しい抗がん剤は確実に効果を発揮しています。患者さんの延命も図れるようになってきました」

[腹膜播種が生じる過程]
図:腹膜播種が生じる過程

標準治療の確立が急務

胃がんの化学療法は、5-FU(一般名フルオロウラシル)という抗がん剤を中心に行われてきた。この薬をベースに1999年、経口抗がん剤として登場したのがTS-1(一般名テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム)。進行・再発胃がん患者に単剤で用いても、129人中60人(47パーセント)にがんの縮小効果があった。そのため国内の医師のほとんどが進行胃がん治療の第1選択薬として使用している。

「ただし日本で今、がん性腹膜炎の標準的治療に最も近いのがメソトレキセート(一般名メトトレキサート)という抗がん剤と5-FUを時間差で使う『メソトレキセート/5-FU時間差療法』なんです」

JCOG(Japan Clinical Oncology Group)という臨床試験グループが行った第2相試験では、がん性腹水症例37例中13例(35パーセント)で明らかに腹水が減少し、4例では腹水の完全消失が認められた。しかし2剤の時間差療法が「標準的治療に近い」ということに疑問を持つ人もいるはずだ。TS-1のがん縮小効果が47パーセントなのに対し、2剤の時間差療法は腹水の減少が35パーセント。見比べると、TS-1のほうが優れているようにも感じるが――。

対象がTS-1は進行・再発胃がんなのに対し、2剤の時間差療法はがん性腹膜炎のなかの1病態である「がん性腹水」に限定されている。対象が違うのでこれらの数字を一概に比較することはできない。

JCOGではこの第2相試験の結果を受け、次は5-FU単独と比較する第3相試験に入っている。第3相試験を終えなければ標準治療は確立しない。いまやっとその元となる「たたき台」ともいうべきものが誕生しようとしている段階なのだ。

「日本は胃がん治療にも大規模試験のエビデンス(根拠)が少なく、がん性腹膜炎をターゲットにしたものは尚更少なかったんです。各医療施設や大学は競って治療の研究をしてきましたが、横断的な試験はなかなか行えなかった。でも、日本のドクターの意識も変わり、来年から再来年にかけて大規模試験の結果がどんどん出て、世界の標準治療を変えるようなデータが出てくる可能性があります」

[がん性腹膜炎の様々な治療法]

全身化学療法 メソトレキセート/5-FU時間差療法など
新規抗がん剤(TS-1、タキソール、タキソテール、イリノテカン)
腹腔内化学療法 マイトマイシン、シスプラチン、アドリアマイシンなどの腹腔内投与
新規抗がん剤(タキソール、 タキソテール)の腹腔内投与
温熱療法 マイトマイシン、 シスプラチン、 エトポシドなどを併用した
腹腔内温熱化学療法
免疫療法 ピシバニール、 レンチナンの腹腔内投与
CTL、TILというリンパ球の腹腔内投与
外科的治療 腹膜切開術


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