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副作用は少なく延命効果を上げる 再発胃がんのTS-1隔日療法

監修●永井秀雄 自治医科大学消化器外科教授
取材・文●菊池憲一
発行:2004年12月
更新:2019年8月

  
永井秀雄さん
自治医科大学消化器外科教授の
永井秀雄さん
細谷好則さん
自治医科大学消化器外科講師
細谷好則さん
荒井渉さん
自治医科大学消化器外科医師の
荒井渉さん

胃がんが再発したり、外科的治療が不可能な場合は、化学療法により治療が行われる。しかし、腫瘍が完全に消失することは難しく、症状の緩和程度にとどまり、進行・再発胃がんの予後はきわめて悪いとされてきた。ところが、ここへ来てTS-1などの新薬が登場し、その延命効果に期待が持てるようになってきた。さらに、それらの投与方法にも工夫が凝らされ、抗腫瘍効果を維持しつつ副作用を軽減できるようになった。進行・再発胃がんに対する治療で高い実績を上げている自治医科大学消化器外科で聞いた。

新しい治療の手『TS-1の隔日投与』

写真

自治医大病院消化器外科で治療を受ける患者に渡される説明書

これまで、再発胃がんや切除不能胃がんに対する抗がん剤による化学療法は複数の抗がん剤を組み合わせて高用量投与する多剤併用療法が多く行われてきた。副作用も強く出現し、縮小効果や延命については十分とは言い難く、「胃がんで再発したらもうアウト」と患者や医療側も「積極的治療をあきらめる」傾向が強かったようだ。

ところが、最近、TS-1(一般名テガフール・ギメラシル・オテラシル)を含む新しい抗がん剤の登場やその投与法の工夫、併用療法などによって、かなりの延命が期待できるようになってきた。前回は再発大腸がんに対する化学療法の革命的な進化をご紹介したが、再発胃がんに対する最新の化学療法も、その奏効率、延命効果ともにアップし、進化を遂げている。

栃木県南河内町の自治医科大学病院消化器外科(永井秀雄教授)では、胃がんの年間手術数192例と数多い。とくに2期・3期の手術数の豊富さと5年生存率は好成績で、全国的に高い評価を得ている。同大学病院消化器外科を訪れる胃がん患者の約半分は早期胃がん(1A期と1B期)で、残りの約半分は再発胃がんや進行胃がんという割合だ。

早期胃がんなら手術を受ければ、かなり高い確率で治癒が期待できる。しかし、治療後に腹膜や肝臓、肺、リンパ節に再発した胃がんや進行胃がんで手術ができなくなると、完全に治すことはかなり厳しくなる。

そこで、同大学病院消化器外科では、再発胃がんで手術のできない患者などを対象に2000年からTS-1による化学療法を始めた。TS-1が胃がんでかなりの奏効率(臨床試験で46.5パーセント)を上げて保険適用になったからだ。さらに、2001年からは副作用を軽減するために「TS-1の隔日投与」という新しい投与法に取り組み始めた。この最新化学療法によって、胃がんで再発しても長期生存が期待できるようになった。

「外科医による化学療法は、片手間で行っているように見られて、批判されがちです。しかし、当科では手術だけでなく、再発胃がんに対する化学療法も科学的根拠に準じ、本格的に行っています」と永井さんは言う。

再発胃がんでも長期生存が可能な時代

Aさん(61歳、男性)の場合を紹介しよう。01年夏、Aさんはお腹に不調を感じ、近くの総合病院を受診。胃の内視鏡検査で胃体下部(出口側)に潰瘍性病変が見つかり、生検の結果胃がんと判明した。手術で胃の3分の2を切除したが、がんは胃の外側の膜まで達しており、リンパ節にも転移していた。約半年後の02年1月、残念ながら再発した。生き残ったがん細胞がお腹の中でまるで種を播くようにぱらぱらと広がるがん性腹膜炎(腹膜再発とも呼ぶ)を起こしていた。手術は不可能で、有効な治療法もないとのことだった。不安で眠れぬ夜が続いた。しばらくして、Aさんはセカンドオピニオンを求めて同大学病院消化器外科を訪ねた。診察の結果、やはり腹膜再発とわかり、担当医からTS-1による化学療法の説明を受けた。従来の抗がん剤の多くは点滴治療だが、TS-1は経口剤で1日2回、朝夕の食後に飲むだけでいい。4週間飲み続けて2週間休むという服用を繰り返し、奏効率もかなりよいという。

Aさんは、抗がん剤の副作用が心配だった。副作用による脱毛などの暗いイメージが脳裏に浮かんだ。しかし、無治療であった場合の予後(予想される今後の生存期間)とTS-1を使用した場合の予後の比較の説明を受けて、化学療法を選択した。また、TS-1は自宅から外来通院で治療を続けられることも魅力であった。担当医は、Aさんに胃がんの状態、化学療法の目的、使用薬剤、奏効率、副作用、投与経路(経口、経静脈、経動脈)、投与方法、投与期間を細かく記入した説明書を手渡した。Aさんは毎週1回外来に通院して、副作用と全身状態のチェックを受けながら服用を続けた。

服用を始めて4週間後、Aさんは強い全身倦怠感に見舞われ、生活の質が低下したため、今後の化学療法の継続に戸惑った。そこで、担当医はTS-1の副作用を軽減するために、1日置きに服用する「隔日投与」への切り替えを提案した。1日置きの服用にチェンジしてからまもなく、全身の倦怠感は驚くほど軽くなった。その後は、1日置きの服用を続けて、現在も自宅で元気に暮らしている。

「腹膜再発の場合、延命はかなり厳しいのが現実です。しかし、Aさんのように、TS-1の隔日投与によって副作用が軽減されて、長期間服用を続けられるようになりました。その結果、胃がんで再発しても2年とか3年以上も長期生存する患者さんが出てきました。従来の抗がん剤に比べて、治療効果の継続や安全性において有効な薬剤と考えられます」と同大学講師の細谷好則さんは語る。

同大学病院消化器外科では現時点で、TS-1の隔日投与を受けた再発胃がん患者の中で2年生存者は9名、3年以上の生存者は3名を数える。胃がんで再発してもあきらめることはない。すべての患者に効果が期待できるとは限らないが、Aさんのように長期生存も可能な時代を迎えているのだ。

TS-1投与の生存期間中央値は5-FUを上回る

[TS-1の連日投与および隔日投与における5-FU血中濃度の推移]
図:TS-1の連日投与および隔日投与における5-FU血中濃度の推移

投与後2時間で連日・隔日共に十分な有効濃度に達している。なお、TS-1は体内で5-FUへと変化する

胃がんの再発とは、治療後に残っていたがん細胞が、体のいろいろな場所で生き残り、増殖することだ。胃がんではがん細胞がお腹の中で広がるがん性腹膜炎が最も多く、がんが腸の壁を狭くして腸閉塞を起こしたり、尿管が狭くなって尿が出にくくなったり、腹水がたまってお腹が膨らみ、呼吸が苦しくなるなどの症状を起こす。

また、がん細胞が血管に入ると肝臓にたどり着いて(肝転移)がんが大きくなったり、肺に侵入して(肺転移)がんが大きくなったりする。さらに、血管ではなく、リンパ管に入り込んだがん細胞がリンパ節に流れ着き(リンパ節転移)、大きくなることもある。肝臓近くのリンパ節転移が大きくなると、肝臓から出ている胆管が塞がれて胆汁が逆流して、黄疸になることもある。

再発した場合、腹水や胆汁を吸い出すなどの局所治療と同時に、再発した場所に関係なく、全身化学療法が行われる場合がある。従来の5-FU(一般名フルオロウラシル)を中心にした化学療法は、化学療法を行わない場合よりも有意に生存期間が長く、その有効性が認められている。100人治療したらその50番目の人が死亡した時期(生存期間中央値)は、化学療法を受けた場合には9~12カ月、受けない場合には3~4カ月である。TS-1単剤の連続投与(4週間飲んで2週間休み)による生存期間中央値は8~14カ月で、5-FU中心の化学療法を上回る。

そこで、細谷さんらは2000年から再発胃がんを対象にした化学療法の第一選択として、TS-1を使い始めた。ところが、TS-1を使い始めてから1年ほどで、その副作用の強さが気になった。

「TS-1を服用中の再発胃がん患者の半分近くが、全身の倦怠感などの副作用でQOL(生活の質)が低下し、服用をやめざるを得ませんでした。TS-1は確かに有効ですが、副作用も意外に多いと感じました」と細谷さん。

TS-1による副作用は、全身の倦怠感のほかに、下痢、皮膚・爪・指先などが黒くなる色素沈着、皮膚の発赤・発疹などがあった。また、血液の成分を作り出す骨髄を障害し、白血球や血小板、赤血球を減少させる副作用も少なからず認められた。副作用の強さは、グレード0から4まで5段階(一般に0は副作用なし。4はきわめて危険な状態)に分かれる。TS-1による副作用はグレード1が50パーセント、グレード2が46パーセント、グレード3が4パーセントで、かなり強いこともわかった。細谷さんらは悩み始めた。

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