肋骨を切らない手術で、回復も早く、術後合併症も減らせる
新たな可能性として期待が集まる食道がんの胸腔鏡下手術
食道がんの胸腔鏡下手術を
多数行っている
北川雄光さん
食道がんの手術は、これまで胸を切り開いて行う開胸手術が前提となっており、患者さんが体に受ける負担も大きかった。
患者さんへの負担を減らすべく、胸腔鏡を用いた手術が試みられている。もともと難易度が高い食道の手術を胸腔鏡下で行うというハードルの高い手術だが、実際、術後合併症が軽減できるなど、一定の効果が期待できそうだという。
難しく、制限の多い食道がんの手術
胃がんなどと同様に、食道がんでも低侵襲手術の研究が進んでいる。食道がんの低侵襲手術として代表的ものは、胸腔鏡下手術だ。
低侵襲手術とは、体への負担が小さい手術のこと。患者さんにとっては喜ばしいことだが、食道がんについては、まだ臨床研究の段階であり、胃がんや大腸がんの腹腔鏡下手術ほどには普及していない。
その背景を慶應義塾大学医学部外科学教授の北川雄光さんは次のように話す。
「胸の内部には、肺、心臓などの重要な臓器が隣接し、気管や気管支、大動脈が通っています。食道は、その非常に狭いところに位置しています。さらに、声を出したり、食べ物を飲み込んだりすることを司っている反回神経も近くにある。食道の手術は、このように傷つけるとやっかいな臓器や神経がひしめくなかで、神経の周りにあるリンパ節の切除までをも同時に行うという、高度な技術を要する手術なのです。さらに、手術器具についても、胃がんや大腸がんの手術で使われる電気メスや超音波凝固切開装置などが使いにくい部分もあります。それらの器具を不適切に使うと、声がかれたり、誤嚥を起こしたりするなどの合併症を手術後に招く頻度が高くなるためです」(図1)
通常の開胸手術でも、食道がんの手術は難しいといわれる。それを、胸腔鏡下手術では、胸を開くことなく、小さな穴を通して行うのだから、かなり高度な技術が要求されることになる。
呼吸器合併症を減らすには
食道がんの手術に伴う合併症で最も怖いのは肺炎である。
「食道がんの手術では、気管および気管支の周りのリンパ節を切除します。その際、気管の周りの血管やリンパ管も切れることになります。その結果、気管と気管支の血流量が下がり、痰を気管の外に排出する繊毛運動が低下してしまう。患者さんは手術の傷口が痛むから、思うように咳ができない。そのため、痰が肺にたまる傾向にあり、肺炎を起こす危険が高まるのです」(北川さん)
術後肺炎(手術後に起きる肺炎)などの呼吸器合併症は、食道がんの手術関連死亡の最も大きな原因でもある。食道がん手術後の呼吸器合併症は、全国平均で20~30%起きている。
一方、食道がんの手術関連死亡は全国平均で3~4%、慶應義塾大学病院などのハイボリュームセンター(数多くの手術や治療を行っている施設)に限れば、1%ほどである。食道がんの手術関連死亡は決して低くないが、呼吸器合併症を減らせれば、亡くなる人も減らせる。そこで期待されるのは胸腔鏡下手術である。
「胸腔鏡下手術の技術が向上し普及することで、今後、呼吸器合併症を減らせるのではないかと期待しています」
と、北川さんは話す。
肋骨の切断が不要なのはどこの施設にも共通
食道は頸部食道、胸部食道、腹部食道の3つに分けられる。胸腔鏡下手術はそのうち、原則として胸部食道が対象になる(図2)。
対象になる病期などはどうだろうか。
「はっきりとはまだ決まっておらず、施設によって異なります。当院で胸腔鏡下での手術を検討するのは、放射線治療を受けておらず、切除が可能ながんであることに加え、重度の胸膜癒着がない場合です。放射線治療を受けた患者さんを除外しているのは、放射線照射の影響で、組織が固くなって手術操作が難しいためです。ただし今後は、放射線治療を受けている患者さんに対しても、実施を検討する予定です」(北川さん)
胸腔鏡下手術は、どのように行われるのだろうか。
食道がんの胸腔鏡下手術は、胸腔鏡という内視鏡を胸の中に入れて、モニターを見ながら行う。胸腔鏡や手術器具を入れる1~2㎝の穴を胸部に数カ所あけて行うのが一般的である。この点、30~40㎝ほど切開して行う開胸手術とは大きく異なる。具体的な方法は医療施設によって異なるが、共通しているのは、開胸手術では切断しなければならない肋骨を切らないで行えるという点だ(図3)。
最近とくに注目を集めている胸腔鏡下手術があると、北川さんは話す。
「腹臥位手術という胸腔鏡下手術が今、外科医の間で大きな話題になっています(図4)。通常の胸腔鏡下手術では患者さんが左側を下にした横向き姿勢で横たわりますが、腹臥位手術では患者さんに腹ばいになってもらって行います。この方法で手術すると、施術する外科医にとって、患部がとても見やすくなるのです」
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