闘病で実感した命の大切さを、歌に乗せて伝えたい 更年期障害、子宮筋腫、そして子宮頸がんを乗り越え、歌手として新境地を開いた森昌子さん
1958年10月13日生まれ。栃木県出身。71年、13歳で歌謡オーディション番組「スター誕生!」の初代チャンピオンに輝き、翌72年、「せんせい」で歌手デビュー。以降、「おかあさん」「哀しみ本線日本海」「立待岬」「越冬つばめ」などの名曲を次々に出し、85年にはNHK紅白歌合戦で司会とトリを務めた国民的実力派歌手。2011年7月にデビュー40周年を迎える
日本の歌謡史に残る数々の名曲を世に送り出してきた森昌子さんは、06年の芸能界復帰から程なく、重い更年期障害、子宮筋腫、そして子宮頸がんに次々に襲われた。森さんが病気をどのように乗り越え、そこから何を得たのか?彼女が直面した3年間の試練の軌跡を追ってみよう。
再デビュー後に更年期障害に襲われる
「せんせい」で鮮烈な歌手デビューを果たした当時
デビュー曲「せんせい」を始め、「おかあさん」「哀しみ本線日本海」「越冬つばめ」など、日本の歌謡史に残る名曲の数々を世に送り出してきた歌手、森昌子の名を、知らない人はいないだろう。森さんは86年、結婚を機に惜しまれながら引退。それから20年間、3人の男の子を持つ母として主婦業に専念していたが06年、芸能界に再デビューを果たした。復帰後もテレビに引っ張りだこで、バラエティ番組、歌番組などに毎日のように出演。その一方で、全国各地のステージに立ち、ファンの喝采を受けた。さらに、同年には女優業のほうも再開し、NHKの朝の連続テレビ小説で主人公の母親役を演じて話題になった。
まさに順風満帆の芸能界復帰だったが、それとは裏腹に、健康面では赤信号が点滅するようになっていた。更年期障害によって心や体に次々と異変が生じるようになったのだ。
更年期障害は、人によって症状や程度は千差万別だが、森さんの場合はかなりの重症で、慢性的な疲労感に始まって、脱力感、不眠、食欲不振、嘔吐、めまいなどさまざまな症状が出た。とくにつらかったのは“ うつ” だった。
「体がもの凄く疲れるようになったので、たっぷり寝て疲れを取ろうと思っても、眠れなくて朝になってしまうことが続きました。食欲も無くなって、無理に食べると吐いてしまうんです。精神的にも引きこもりみたいになって、家にいるときは誰にも会いたくないし、何もしたくないんです。子供が『ただいま』って帰ってきても、『お帰りなさい』と言うことさえできず、カーテンを締め切って部屋の隅で座り込んでいたこともありました。それでも、仕事で1歩外に出たら『自分は森昌子だ』っていう意識が先に立つので、普通に挨拶できるし、ステージでもお客さんに悟られないように、笑顔で最後までやり通してしまうんです。そのギャップがもの凄く大きかったですね」
森さんが知り合いの内科医を訪ねて診察を受けたところ、「更年期障害ではないか」といわれた。しかし、何とか仕事はこなすことができたので、森さんは体の不調に苦しみながらも、仕事に穴を開けることはなかった。
このつらい状況は誰にも言えないまま、2年以上続いた。森さんは、75歳を過ぎたお母さんと同居していたが、お母さんの心臓が悪く、血圧も高いことや、心配性であることを考えれば、話すわけにはいかなかった。人に言えないとストレスのはけ口がないため、精神的にどんどん不安定になっていく。そのため、感情の起伏が激しく、日が沈むと突然涙が出てきたり、夜空の月に吸い寄せられるようにマンションのベランダから身を投げそうになったりしたこともあったという。
大小50個もの子宮筋腫が見つかる
そのようなつらい状態に追い討ちをかけたのが子宮筋腫だった。
「更年期障害に苦しむようになって2年ぐらいたったときでした。家にいたら突然、子宮から大量の不正出血があったんです。洗面器1杯分くらいもあったので、もう、大変です。私は、もともと貧血気味なので立っていられなくなり、婦人科の先生に診てもらいました。すると、大小さまざまな子宮筋腫が50個くらいできていることがわかったんです。先生のお話では、1つ2つの筋腫なら閉経とともに小さくなるので放っておいてもいいけれど、私の場合は数が多すぎるし、小さくなる気配もないので、早いうちに手術で取ったほうがいいということでした」
森さんの筋腫が切除しても再発リスクの高いタイプであることと、これからの心と体のケアを考えれば、子宮を全摘してしまったほうがいいというのが医師の考えだった。しかし、森さんには大きな抵抗感があった。
「やはり女性ですから、何とか子宮は残しておきたかったんです。その気持ちが強かったので、レーザーを使って筋腫を除去する手術を受けることにしたんです」
子宮頸がんも発覚した衝撃
レーザー手術は子宮鏡を使って行うので、従来の開腹手術に比べると体に与えるダメージが少なく、3~4日の入院で済む。森さんは昨年5月、3日間入院して手術を受けることになった。
ところが、さらなる衝撃的事実が発覚し、森さんを打ちのめした。手術の検査で、子宮頸がんも見つかったのだ。幸い、がんは子宮頸部の表層にあるごく初期のものだったので、手術で子宮筋腫を取り除いてもらうと同時に、レーザー蒸散術で子宮頸がんをレーザーで焼いてもらった。レーザー蒸散術はごく初期の子宮頸がんに用いられる治療法で、所要時間は10分程度。そのため、子宮筋腫を除去するのと一緒に行われたのだ。がんの治療はそれだけだった。
「ごく初期のものであっても、がんにはやはり、“ 死に至る病” というイメージがありますから、“ がん” と聞いた直後はもの凄いショックで、目の前が真っ暗になりました。でも、がんはどこにも転移していないし、がん自体もごく初期の段階なので、レーザーで焼くだけでがんが無くなると聞いて、ホッとしました」
この治療で子宮頸がんがすべて完治するとは限らず、1割、ないし2割は再発すると言われているが、森さんの場合は幸い、術後もがんを疑わせる兆候は全く出ていない。
ホルモン療法の副作用にも苦しめられた
笑顔で活躍する陰で、人知れず病魔と闘っていた
しかし、子宮筋腫のほうはそうはいかなかった。1カ月後の検診で、きれいに取り除いたはずの筋腫が、またでき始めていることがわかったのだ。
「小さなシャボン玉のような細かい筋腫が、子宮の内側の壁にびっしりくっついていると言われたんです。愕然としました。全部取ってきれいになったと思っていたので、ありえないという気持ちでしたね」
医師は、何度レーザーで焼いても新しくできてしまうので子宮全摘手術を勧めた。しかし、まだ森さんには子宮を失うことへの強い抵抗感があったので、ホルモン療法で対処することになった。
子宮筋腫は、女性ホルモンのエストロゲンの作用で起こると考えられているため、LH-RHアゴニスト製剤によって卵巣でエストロゲンが作られないようにする治療が行われる。しかし、エストロゲンが作られなくなると、更年期障害に似た副作用が現れる。最初に出たのは食欲不振と嘔吐だった。
「スタッフからお弁当を『食べてください』と言われるんですが、きつくて食べられないんです。でも体がもたないので、おにぎり1個でも無理やり詰め込んでステージに立っていました。そんな状態でしたから、家に帰るともうクタクタ。でも、横になっても目がさえて眠れないので、睡眠導入剤が欠かせなくなりました」
食欲不振には食欲促進剤、めまい・貧血には鉄剤、ホルモンバランス対策には黄体ホルモン剤、それ以外にもビタミン剤などが投与され、薬の数は雪だるま式に増えていった。
ホルモン療法の副作用で1番つらかったのは顔のむくみと顔の発疹だった。
森さんは主治医に相談して薬を代えてもらったが、発疹は治まる気配がなかった。ワラにもすがる思いで、皮膚科を10数軒と訪ね歩き、専門医に診てもらった。しかし、どの医師も『ホルモン療法の副作用なので、それを止めない限りよくはならない』という見解だった。発疹はメイクでは隠しきれなくなっていた。ファンの中には異常に気づいて、事務所に森さんの体調を案じる電話をかけてくる人もいた。
「本当にひどくて、もうこの顔ではテレビに出られないし、ステージにも立てないと思いました。それで、子宮全摘手術を受けることにしたんです。すぐに踏ん切りがついたわけではなかったけど、そんな状態をいつまでも続けることはできませんから」
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