中医師・今中健二のがんを生きる知恵

第7回 食事療法 後編 ―がんを再発させないために―

話・監修●今中健二 中医師/神戸大学大学院非常勤講師
取材・文●菊池亜希子
発行:2021年7月
更新:2021年7月

  

今中健二さんプロフィール 中医師。中国江西省新余市第四医院医師。神戸大学大学院非常勤講師。1972年兵庫県生まれ。学生時代に母親をがんで亡くした経験から医療に関心を持ち、社会人経験の後、中国国立贛南医学院に留学。中医師免許を取得し、新余市第四医院で治療に従事。2006年帰国。神戸市を起点に中国伝統医学の普及に努める。西洋医学との垣根を超えた「患者の立場に立った医療技術」発展のため、医師や看護師、医学生に向けたセミナー、中医学に基づいたがん治療の講演など、全国各地で精力的に活動している。2020年中国医学協会を設立。著書に『「胃のむくみ」をとると健康になる』『医療従事者のための中医学入門』

「がん治療中の食生活」にフォーカスした前編に続き、後編では、がん治療を終えた後の「再発させないための食生活」を考えます。

自身の体内環境とがんの性質を知り、それに合った食生活を続けていくことは〝自分でできるがん治療〟です。手術や抗がん薬治療といった一連のがん治療を終えた後は、食生活を整えるという自分自身による〝治療〟を、本格的に始めていきましょう。

中国には西洋医学、中国伝統医学の2種類の医師免許があり、中医師とは中国伝統医学の医師免許を持つ医師のこと。本連載では「中国伝統医学」を「中医学」と呼びます。

がんの性質によって異なる食生活のポイント

中医学で「がん」を考えるとき、そのがんがどこにできたかではなく、陰陽どちらのタイプのがんであるかという、がんの性質を重視します(第1回 病は「胃」から始まる)。

がんの性質を決定づけるのは、そのがんを生み出した体内環境です。に傾いた体内環境から生み出されたがんは「タイプのがん」、に傾いた体内環境が生み出したがんが「タイプのがん」。タイプとタイプでは、がんが発生した原因が違うので、おのずとがん細胞の性質が異なり、対処法も違ってきます。つまり、陰陽どちらのタイプかによって、何を食べるとよいか、どう食べるとよいかが変わってくるのです。

前回の「食事療法 前編」では、がんを生み出した体内環境が陰陽どちらに傾いているかを知る方法をお伝えし、さらに、陰陽それぞれのタイプのがんに応じた、がん治療中の食べものと食べ方について説明しました(第6回 食事療法 前編 ―がん治療中は何をどう食べたらいいのか―)。

がん治療中の食生活は、タイプのがんの場合、食べ過ぎによる栄養過多が主な要因なので、まず食べる量を減らすことが重要。とくに胃もたれの原因となる糖質と動物性の脂(あぶら)を意識して減らします。一方、タイプのがんは、水分の摂り過ぎによって細胞や組織が水で溢れた環境になっていることが原因なので、何より水分摂取を控えます。

大前提として、陰陽それぞれのタイプが注意すべきこのポイントは、がん治療中も治療後も変わりません。それを念頭に置いた上で、今回は手術や抗がん薬治療といった一連のがん治療を終えた後の食生活を考えるとき、知っておいてほしいことをお話しようと思います。

陰陽:中医学の根本的な考え方。陰陽論では「万物は、陰と陽という対立する要素を両方持ち、その割合を刻一刻と変化させながらバランスを保っている」と捉えます

体を回復させていくという視点

ちなみに、前回説明したように、中医学では、がんの成長過程を4段階に分けて考えます。がんが生まれたばかりの段階を「がんの幼年期」、手術や放射線治療、抗がん薬治療など積極的治療を行っている段階を「がんの青年期」、治療を終えて経過観察に入った段階を「がんの壮年期」、治療後何年か経過して経過観察期間が伸びた段階を「がんの老年期」と捉え、前編では「青年期」までに焦点を当てました。後編の今回は、がん治療を終えて経過観察に入った「壮年期」以降の食生活。この時期には、青年期までにはなかった視点が加わることになります(図1)。

がん治療を終えた後、つまり壮年期以降は、体が回復期に入っていくタイミングです。手術や放射線治療、抗がん薬治療よって傷ついた体を回復させ、元気づけていかなくてはならない時期に来たというわけです。

壮年期に入ったらまず、胃を安定させる食事を心がけましょう。小食にしながら、食材を消化吸収しやすいようによく火を通し、細かく刻んで、胃ができるだけ負担なく消化できるよう、手助けしていきます。

消化がスムーズに行われると気血が活発に作られ、体の隅々まで巡り始めます。気血の増加は体を元気にし、傷んだ体を回復へ導きますから、この時期は気血を作る材料を増やしていくことも大切。タイプはもちろん、タイプの方も、白菜や玉ねぎといった色の薄い野菜だけでなく、積極的に気血の材料となる緑黄色野菜を摂取していきましょう。

気・血・津液:気は目に見えないエネルギー。血は血液、津液は血液以外の水分。中でも「巡り」が重視されるのが気と血

昆布、ワカメの海藻パワー

気血を作り出すという視点で食材を考えるならば、陰陽問わず、色の濃い、とくに黒い食材を意識的に選ぶとよいですね。緑黄色野菜を中心に、ヒジキ、ワカメ、昆布、黒きくらげ、椎茸など。黒い食材はとくにを増やします。

昆布、ワカメといった海藻は海の底に根を張り、大地を掴んで浮かびあがるまいと踏ん張っている、下へ向かう力の強い食材です。体内でも同じ作用を発揮し、熱や気を下におろして気持ちを安定させてくれる作用があります。さらに、水分も下におろして利尿作用を促し、むくみを溶かして尿として排出します。

実は、この利尿作用こそが気血の増加を促しているのです。余分な水分を排出することで気血が濃くなり、結果的に気血が増えるというメカニズムです。

ここで気づかれた方もいるかもしれませんが、熱をおろす清熱作用はタイプに、利尿作用はタイプに求められる作用です。相反するこの作用は、実は海藻類の摂り方で使い分けができます。

ワカメや昆布を食べるとき、あまり火を通さず、出来上がった味噌汁に最後に添えたり、おすましで飲むといった摂り方は清熱作用を引き出します。逆に、水から昆布を入れて出汁をとり、グツグツ煮込んで摂取すると利尿作用をより引き出すのです。つまり、摂り方さえ知っていれば、海藻類は陰陽どちらのタイプにも嬉しい食材になるわけです。

キノコ類の力で老廃物排出を

椎茸を始めとするキノコ類も、壮年期以降、陰陽問わず、積極的に摂取していきたい食材です。キノコは言わずと知れた菌類。自然界の木々に根づいて有機物を分解する作用があり、体の中でも同じことをしてくれます。つまり、体内に溜まった老廃物をキノコが積極的に吸い取り、体外に排出する手助けをしてくれるのです。ニキビや吹き出物という形で排出することもありますね。

椎茸、舞茸、シメジなどキノコ類全般、それから干し椎茸も同様。これらは日常的に手に入る食材なので、ぜひ日頃から意識的に取り入れていきましょう。

特記すべきはサルノコシカケ。漢方界では霊芝(れいし)という生薬(しょうやく)になっていて、キノコ類の中でもその力は群を抜いています。を浄化し、体内のエネルギーを底上げしてくれ、抗がん薬の副作用も抑えてくれるので、もし手に入る機会があったら、お鍋の中に水と一緒入れてコトコト煮出し、お茶代わりに飲んだり、味噌汁の出汁にするといいですよ。

発酵食品は無条件に体によいのか?

ここまでは壮年期以降、陰陽どちらのタイプにも共通するお薦めの食材について話してきましたが、タイプはもともと貧血になりやすく、栄養が体の隅々に行き渡りにくい傾向があるので、体力を回復させる食べ方をタイプより強く意識したいところです。

そういう意味で、タイプの回復期に取り入れたいのが、ぬか漬けや納豆などの発酵食品や植物を発酵させた酵素ドリンク。栄養価が高く、消化もよい食品で、効率よく気血を作り出してくれます。どちらも食材を丸ごと消化吸収しやすい形状にしているので、消化力が弱めのタイプに合っているのです。

もちろん、タイプの人にこれらがNGと言っているわけではありませんが、「発酵食品は、万人に無条件に体によい」と思っていませんか? 発酵食品も酵素ドリンクも気血を効率よく回復させる力が強いので、体が虚弱なときには間違いなく「体によい」のですが、栄養過多のときは逆効果。戦後の食糧不足の時代ならいざ知らず、飽食の現代においては少々話が違ってくることを覚えておきましょう。

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