がんでストーマになった方たちへ――真山亜子さんの『私のストーマ・泣き笑い物語』
ETナースさんが私の救いの神でした
真山 亜子 まやま あこ 声優。
ぷろだくしょんバオバブ所属。代表作は『E.T.』のE.T.、『ER緊急救命室』の看護師へレエ、『ワンピース』のココロ、『忍たま乱太郎』の乱太郎の母、『ちびまる子ちゃん』の杉山君など。若い女性オストメイトの会「ブーケ」カトレア会員
真山亜子さんブログ ストーマちゃんのつぶやき
原因はクローン病とベーチェット病
事務所スタジオでアフレコ収録中の真山さん
真山亜子さんは、アニメでは『ちびまる子ちゃん』の杉山君、『忍たま乱太郎』の乱太郎のお母さん、海外の映画やドラマでは『E.T.』のE.T.、『ER緊急救命室』の看護師へレエなどの声を担当してきたキャリアの長い声優さんだ。
声優として多忙な日々を送っていた彼女が、ストーマ(排泄口)の造設手術を受けたのは02年3月のことだ。直接の原因はお正月に生牡蠣を食べてあたったことに端を発する腸穿孔だが、そもそもの原因はクローン病とベーチェット病。どちらも原因が特定されていない難病で、小腸と大腸に潰瘍や炎症を引き起こすことで知られる。
「実はその7、8年前に腸から大量の下血があって1カ月半くらい入院しているんですが、このときは腸を切らないで済んだんです。そのあとはずっとステロイド剤を服用していたので、好不調の波はあっても悪化することはなかったんですね。でも、その2年くらい前から声優の仕事だけでも忙しいのにお芝居もやることになって毎日無理を重ねていたんです。しかも調子が良かったので、もう大丈夫だと思って勝手に薬の服用をやめていたんです。そんな状態になって、しばらくたったときでした。生牡蠣を食べたあと猛烈な下痢になり、血便になったのは……。熱も、かなりありました」
ずっと通っている大学病院に行くと、すぐに入院するように言われたが、彼女は仕事が立て込んでいたので、一段落したところで入院することにした。
しかし、下血と発熱で仕事場で倒れてしまったため、即入院となった。
異変が起きたのは、入院後1週間くらいたったときだった。
いつもと違う激しい腹痛に襲われたのだ。
「日曜日でしたので、当直の若い女医さんが診てくれたんですが『教科書どおり、おなかに穴が開いています。これから手術をします。もしかしたら人工肛門になるかもしれません』と言うんです。そのときは人工肛門というものを知らないので、そうしなきゃ仕方がないんでしょうという感じで抵抗感のようなものはなかったです。何がなんだかわからないうちに手術になった、という感じでした。でも、このときの手術では人工肛門までいかなくて済んだんです」
自身が吹き替えた同じセリフをベッドで聞く
問題は、手術が終わったあとだった。ICU(集中治療室)に入って、麻酔が切れて、先生に「無事手術は済みましたよ」と言われたあと、夜になって血圧が低下し始めたのだ。
ベッドのそばには血圧や酸素飽和度を測る機械が置いてあって、患者の血圧が下がりだすとピコンピコンとシグナルが出る。
NHKの海外ドラマ『ER緊急救命室』でベテラン看護師へレエの声の吹き替えを担当していた真山さんには、そのシグナルの意味がわかっていた。
ドラマでは、このシグナルが出ると患者はほどなく危険な状態に陥り、ヘレエは医師に「触診で血圧測れません」と告げる。実際、真山さんはこのとき、手がしびれ、さらに後頭部までしびれてくる中、ベッドの傍らで看護師が駆けつけた若い女医に同じセリフを話すのを聞いた。
「看護師さんが『血圧、触診では測れません』と言っているのを聞いたときは、ヤバい……これは大変だ! 死んじゃうのって思いました」
1度目の手術が終わって程なく容態が急変したのは、クローン病特有の縦走潰瘍を取りきれず、腸穿孔が起きていたからだ。
すぐに執刀した医師が呼び戻されて再手術になり、まず小腸を1メートル、大腸を20センチほど切除したあと、小腸、大腸それぞれにストーマを造設する手術が行われた。
何の心の準備もないまま人工肛門に
ストーマの造設を知らされたのは、手術から4日後のことだった。
「造設を聞かされたときは、それほど大きなショックはなかったんです。ストーマのことだけにこだわっていられるような状況ではなかったこともあって、なってしまったものは仕方がないという気持ちでした。手術中に、お医者さんから『助けられないかもしれません』と言われていたので生きているだけで幸せでした」
しかし、自分でストーマのケアをするようになるとさまざまな困難が待ち受けていた。
2つのストーマのうち、ふだん排泄口となるのは小腸ストーマのほうだ。小腸から直接排出されるため、水様便が水道の蛇口が緩んだときのようにチョロチョロ出てくる。それを夜昼関係なく、3時間おきに捨てにいくので夜はそのことが気になってなかなか寝つけなかった。
ストーマ周辺の皮膚に広がる潰瘍化していく炎症
ストーマ周辺の皮膚に広がる潰瘍化していく炎症
それ以上につらかったのは、ストーマ周辺の皮膚のひどい炎症だった。
小腸から出てくる便は水様便なので細心の注意を払っていても、慣れないうちは漏れが頻繁に起きる。とくに真山さんの場合、緊急手術であったため小腸ストーマと大腸ストーマの間が狭く、それも剥がれやすい一因になっていた。しかも小腸から直接排出される水様便は強アルカリ性のため、ストーマ周辺にただれや炎症が起きやすい。とくに免疫系統に何らかの異常がある人や皮膚の弱い人は重篤なただれや炎症が起きることがある。真山さんは、その典型的なケースで壊疽性膿皮症にトコトン悩まされることになる。壊疽性膿皮症は免疫反応の異常によって生じる皮膚疾患で、75パーセントはクローン病、潰瘍性大腸炎、リウマチ、糖尿病等の合併症であるといわれている。症状としては、膿胞や紅色丘疹が出たあと潰瘍化して周辺部や下肢に急速に拡大する。発熱や関節痛などの全身症状が出るほか、皮膚の組織に深い潰瘍ができるため、激しい痛みを伴うことも多い。
「1番たいへんだったのは、ストーマのまわりに壊疽性膿皮症が出てパウチ(便を収容する袋)をうまく貼れなくなったことでした。それから、悪戦苦闘の日々が始まったんです。しかも壊疽性膿皮症って痛いし、高い熱が出るんです。それでもクローン病の合併症だとわかっていれば対処のしようもあったでしょうが、今では常識であることも当時は症例が少なく、よくわかっていなくて経験豊富なETナース(人工肛門・人工膀胱のケアを専門領域とする認定看護師)もいなかったんですね。ストーマのまわりの潰瘍に軟膏を埋めたりしていろいろ工夫をしてくださるんですが、まったくよくならないんです」
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