21世紀型がん患者第1号
IT時代の入院スタイルでがん治療と仕事を両立させた渡辺和博画伯
渡辺 和博 わたなべ かずひろ
1950年広島県生まれ。
伝説の漫画誌『ガロ』の編集長を経てフリーランスのイラストレーターとして活躍。
時代を鋭く斬るエッセイにも定評がある。
著書に『金塊巻(きんこんかん)』(主婦の友社)『平成ニッポンのお金持ちとビンボー人』(扶桑社)など。2004年4月に発売された肝臓がんの体験記『キン・コン・ガン』(二玄社)が話題になっている。
がんと聞けばたいていの人は「大病」だと思う。発見が初期で命を落とすリスクがほとんどない場合でも長い期間入院して治療に専念しなければならない厄介な病気だというイメージがつきまとう。
しかし、がんという病気には様々なケースがあり、最近では手術を伴わない治療でがんを封じ込めるケースが多くなっている。それに伴い職種や仕事の内容によっては、本人がその気になれば病室への仕事の持ちこみが可能な状況が生まれている。しかし、理屈ではわかっていても、病院では患者の行動が制約されるうえ、ほかの入院患者たちの目も気になるので、敢えてそれを実践しようとする人はいなかった。そんな状況を打破してくれたのが渡辺和博さんだ。渡辺さんは肝臓がんを宣告されて入院する際、ノートパソコンを持ち込んでイラスト描きと文章書きにフルに活用し、がん治療と仕事の両立を可能にしてみせた。
がんを宣告されて、晴れ晴れした気分に
2003年秋肝臓がんを告知された渡辺和博さんが自らの入院生活を綴った『キン・コン・ガン』(ニ玄社刊)という本が、いま話題になっている。この本、タイトルはちょっと軽いし、やけに薄い。ゆっくり読めば1時間半、速読みの人だと1時間もあれば読めてしまうくらいの分量だ。
しかし、実に中身の濃い本だ。がんの闘病記はとかくパターン化された記述が多くなりがちだが、この本にはまったくそのようなところがなく、渡辺さんがそのときそのときに実感したことや、観察眼をそそられたことが、そのときの温度で文章になっている。
しかし、それ以上に価値があるのは、これからの時代を生きるがん患者にとって必要不可欠な新しい常識が2つ提起されていることだ。
誤解を恐れずに、それをシンプルに述べるなら、1つはがん患者に対する「相部屋のススメ」ということになろう。
もう1つはがん患者に送る「21世紀型入院生活の実践」だ。
これがどのような内容で、なぜ、これからの時代のがん患者に必要不可欠な要素なのかという点については、あとで詳しく述べるとして、まずは、渡辺さんご自身から、肝臓がんを告知されたときの心境と、それをどのようにして克服したか、手短かに語っていただこう。
「お医者さんに肝臓がんだと言われたときは、正直、スッキリした気持ちでしたよ。テレビドラマのようにショックで頭の中が真っ白になるなんてことはなかった(笑)。そんなせいせいした気持ちになったのは、長い間、がんなのかそうじゃないのかハッキリしない状態が続いていたからです。僕は若いころから肝臓が悪くて、がんで入院する2年前に、肝硬変で入院しているんです。そのとき、肝臓が悪くて入院していた患者仲間から、肝機能障害が進行すれば肝硬変になり、それがさらに進めば肝臓がんになるという『肝臓病患者が辿るロードマップ』をさんざん聞かされていたから、遅かれ早かれがんになることはわかっていたんです。だから、ひょっとして、がんになったんじゃないかというモヤモヤした気持ちが常にあった。だから、はっきりお医者さんから、がんだと言われてさっぱりした気分になれたんです」
自分自身を初期化して、がんとの戦いへ
がんを告知されたことで心の中のモヤモヤがなくなった渡辺さんは、不安も、恐怖心もないまっ更な状態で、肝臓がんとの戦いを開始することができた。『キン・コン・ガン』のなかで、そうしたまっ更な状態になれたことを「自分が初期化された」と表現しているが、精神面だけでなく、それまで借りていた仕事場も引き払って入院したのだから、並大抵ではない決心でがん治療をスタートさせたことは容易に理解できる。
入院した渡辺さんが受けることになったのは『肝動脈塞栓術』という治療法だった。これは、脚の付け根にある動脈からカテーテルを差し込んで抗がん剤を注入し、同時にゼラチン製のスポンジを差し込んで肝臓の動脈にフタをしてがん細胞に血液をいかなくする、血管を利用した治療法だった。血液がいかなくなったがん細胞は、それによって栄養補給が断たれ、最後は飢餓状態になるのだという。
お医者さんから、これだと、手術を受けなくてもいいので1カ月で退院できると言われたこともあって、渡辺さんはすぐ入院し「肝動脈塞栓術」による治療を開始することにした。
ここでちょっと気になるのは「肝動脈塞栓術」による治療を渡辺さんはどう見ていたかという点だ。
「肝臓がんになることがわかっていたから、どんな治療法があるか自分なりに調べて、肝動脈塞栓術でやることになるだろうと予測はしていました。でも、あまり大きな期待はしていなかった。インターネットで調べたり、人に聞いたりして、完全に治りきる確率は10パーセントしかないことがわかっていたので、そう大きな期待を抱けなかったんです。抗がん剤についても、特効薬のような効果を発揮することはないだろうと見ていました。そんな懐疑的な気持ちになっていたのは、3、4年年前に、肝臓の特効薬だと言われてインターフェロンを使ったことがあったんですが、まったく効かなかったんですよ。そのときのにがい経験があるので、抗がん剤をやったからといってすぐに効果が出るとは思えなかったんです」
しかし、その治療法で効果が上がらなければ、がんはどんどん進行し、最後は命を奪うことになる。完全治癒率が10パーセント程度しかないということは、そうなる確率が極めて高いことを意味している。
「死に対する恐怖心や不安に苛まれるようなことはあまりなかったですね。恐怖心がぜんぜんわいてこなかったのは、ちょっと大袈裟かも知れないけど、これまで毎日好きなことをやってきたから、嫌いなこともしないと思っているからですよ」
イラストはすべて『キン・コン・ガン』(二玄社)より
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