患者のためのがんの薬事典
タイケルブ(一般名:ラパチニブ)
ハーセプチンに効果不十分なHER2陽性患者さんに新たな希望
予後が悪いといわれるHER2 陽性乳がんの薬は、これまでハーセプチンしかないのが現実でした。そこに登場したのがタイケルブです。ハーセプチンと同じHER2タンパクを標的とする薬ですが、標的とする部位が異なるため、ハーセプチンが効果不十分の患者さんへの効果が期待されています。
HER2陽性乳がんの新たな選択肢
HER2陽性乳がんとは、がん細胞の中にHER2タンパクがたくさんあるタイプの乳がんのことです。採取したがん細胞を検査することでわかり、乳がん患者さんの約2~3割がこのタイプです。
HER2とは、細胞の増殖にかかわる遺伝子タンパクのことで、HER2陽性の乳がんは、進行が早くて再発の可能性も高く、予後(*)が悪いといわれていました。
2001年、HER2陽性乳がんに効果を持つ、日本初の乳がんの分子標的薬(*)ハーセプチン(*)が発売されました。
治療法が限られていたHER2陽性乳がんに対してハーセプチンは高い効果を現し、現在ではHER2陽性の転移性乳がんの標準治療薬となり、再発予防のために行う術後化学療法にも使われています。今年4月からは術前化学療法にも保険適用されることになりました。ただし、ハーセプチンもすべてのHER2陽性乳がんに効果があるというわけではありませんでした。
そうした状況の中、2009年6月に新しい分子標的薬タイケルブが発売されました。
タイケルブ(*)は、ハーセプチンと同じHER2タンパクを標的とする薬ですが、ハーセプチンが細胞膜の外側からHER2タンパクを攻撃するのに対して、タイケルブは内側から作用する薬です。
ハーセプチンとは違う作用の仕方をするため、タイケルブの登場はハーセプチンで効果がなかった患者さんの新たな選択肢として、大きな期待が寄せられています。
海外で行われた第3相臨床試験において、ハーセプチンが効かなくなった患者さんに対して、乳がんに使用される抗がん剤ゼローダ(*)を単独で使用した群と、タイケルブとゼローダを併用した群を比較したところ、無増悪期間(がんの増殖を認めない期間)が単独群では19.7週であったのに対して、併用群では36.9週と、4カ月以上延長するという結果が得られています。
また、奏効率(がんの大きさが半分以上小さくなった人の割合)も、単独群が14パーセントだったのに対し、併用群では22パーセントという結果が出ています。
*予後=今後の症状の医学的な見通し
*分子標的薬=体内の特定の分子を標的にして狙い撃ちする薬
*ハーセプチン=一般名トラスツズマブ
*タイケルブ=一般名ラパチニブ
*ゼローダ=一般名カペシタビン
自宅で治療可能な経口薬
タイケルブの投与対象となるのは、「HER2過剰発現が確認された手術不能または再発乳がん」の患者さんです。そしてタイケルブを投与する場合、ゼローダも併用して使用します。
タイケルブもゼローダも経口薬です。点滴で投与するハーセプチンは毎週通院する必要がありましたが、経口薬は自宅で服用できるため、入院や通院の手間や時間が軽減できるというメリットがあります。
ただし、医療機関では医療スタッフが患者さんの管理を行いますが、自宅で服用する場合は自己管理が重要になります。がんの薬は飲み続けることで効果が出るので、確実に正しく服薬する必要があります。一方、副作用が出ているかどうかのチェックも自分で行わなければなりません。
タイケルブは1日1回服用します。食事により、タイケルブの血中濃度が上昇することがあるため、食前後1時間は服薬禁止となっています。
一方、ゼローダは1日2回服用で、朝食後と夕食後の30分以内に服用します。また、14日間服用した後、7日間休薬することをくり返します。
2つの薬の服薬時間が異なるため、最初に自分の生活スタイルに合わせて服薬時間を決めておくとよいでしょう。服薬日記などを使って、服薬の確認や毎日の体調を書き込んでおくと、飲み忘れや飲み間違いの防止、副作用の早期発見などにも役立ちます。
注意すべき副作用は下痢と皮疹
タイケルブで注意が必要な副作用は下痢と皮疹です。
下痢は、高い頻度で起こります。下痢を放っておくと悪化して脱水や栄養障害を起こす可能性があるので、あらかじめ医師から下痢止め薬をもらっておくとよいでしょう。下痢止め薬を 服用しても下痢が止まらず、いつもより回数が多くて1日4回以上の排便がある場合は、医師に相談しましょう。
皮疹も現れやすい副作用の1つです。ただし、日焼け止めを塗ったり、乳液などで保湿することで、ある程度防げます。
現在、タイケルブはハーセプチンを使用して効果不十分だった患者さんに使用する、「セカンドライン」の薬として位置づけられています。その一方で、がん治療の最初の薬として使う、「ファーストライン」での使用を目指した臨床試験も行われています。
乳がんそのものへの効果のほか、タイケルブは乳がんの脳転移にも効果が期待されています。また、ハーセプチンやほかの抗がん剤などとの併用についても研究が進められています。
タイケルブの登場により、HER2陽性の乳がん治療は新たな局面を迎えようとしています。研究が進みデータが蓄積されることが、より多くの患者さんの希望につながるでしょう。
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