患者のためのがんの薬事典
アフィニトール(一般名:エベロリムス)
転移性腎がんの薬物療法に新たな選択肢
進行、再発、あるいは転移した腎がんに対する薬物治療は、08年に2種類の分子標的薬が登場したことで、大きく前進しました。しかし、これらの分子標的薬が効かなくなってしまった場合には、残念ながら、もう打つ手がなかったのです。
2010年4月、新たな分子標的薬としてアフィニトールが発売され、そんな患者さんも治療が可能になりました。
待望の第3の分子標的薬
腎がんの治療では、手術できない進行がんやがんが再発・転移した場合に、薬物療法が行われます。この薬物療法が大きく変わったのが08年でした。ネクサバール(一般名ソラフェニブ)、スーテント(一般名スニチニブ)といった分子標的薬が相次いで承認されたのです。
それ以前は、インターフェロンなどによる治療が中心でしたが、分子標的薬の治療成績は、これを凌駕していました。しかし、進行・再発がんの場合、ネクサバールやスーテントを使っていても、がんはいずれ勢いを盛り返してきます。そして、この段階になると、もう打つ手がなかったのです。
今年4月、新たな分子標的薬であるアフィニトール(一般名エベロリムス)が発売されました。手術ができない、あるいは転移性の腎細胞がんで、ネクサバールやスーテントが効かなくなった人に用いられる薬なのです。
アフィニトールがどのようにがんに効くのかを、簡単に説明しましょう。
細胞の中には、エムトール(mTOR)という特殊なタンパク質があります。エムトールは、細胞表面の受容体から送られてくる細胞の成長や増殖などを促すシグナルが、正しく伝わるように調節する、スイッチのような役割を果たしています。正常細胞ではスイッチが正しく働いていますが、がん細胞では過剰なシグナルが送られているためにスイッチが壊れ、エムトールが働きすぎています。そのため、がん細胞は次々と分裂して増殖します。また、がん細胞が栄養をどんどん取り込めるように、新たな血管も生み出されます。これを血管新生といいます。
アフィニトールは、エムトールの働きを妨げて、シグナルが過剰に伝達されるのを防ぎます。それによって、がん細胞の成長や増殖を抑えるとともに、血管新生も防ぐのです。
アフィニトールががんに効くしくみは、ネクサバールやスーテントとは、全く異なります。実はネクサバールとスーテントは、がんに効くしくみに共通点が多いのです。したがって、どちらかを使っていて効果がなくなった場合、作用の異なるアフィニトールに切り替えるほうが効果的だと考えられています。
無増悪生存期間が2倍以上に延長
アフィニトールの大規模臨床試験は、日本を含む10カ国合同で、416人の転移性腎細胞がんの患者さんが参加して行われました(日本人は24人が参加)。ネクサバールやスーテントが効かなくなった患者さんをアフィニトール投与群とプラセボ(偽薬)投与群に分け、治療成績を比較したのです。
無増悪生存期間(がんが悪化しなかった期間)の中央値で比較すると、プラセボ投与群が1.87カ月なのに対し、アフィニトール投与群は4.90カ月と、2倍以上延びていました。また、10カ月後の時点で、約25パーセントの人が増悪していないことも、注目されています。
さらに、この治療成績を解析することで、アフィニトールを投与することにより、増悪、または死亡のリスクが67パーセントも低下することが明らかになっています。
副作用の間質性肺疾患は早期に発見して対処する
アフィニトールは経口剤で、自宅や外出先でも服用できる利便性も特徴。通常は1日1回、10ミリグラムを空腹時に飲みます。薬剤費は、3割自己負担として1日当たり約7600円と高額なのが難点ですが、高額療養費制度の対象となりますので、1カ月の負担はネクサバールやスーテントを使った場合と同じになります。
副作用で最も注意しなければならないのは間質性肺疾患(*)。ただし、アフィニトールによる間質性肺疾患は、ステロイドがよく効きますし、休薬などで、症状が軽減したり、治ったりします。そこで、早く気づいて早く対処することが重要です。
アフィニトールを服用していて、咳、発熱、息切れなどの症状が出た場合には、そのことをすぐに主治医に伝え、適切な治療を受ける必要があります。また、間質性肺疾患を早期に発見するため、投与前と投与期間中に、定期的にCTを撮ることが推奨されています。腎臓の状態を見るためにCTを撮るときに、肺も調べておくといいでしょう。
それ以外の注意すべき副作用としては、免疫の働きが低下して、感染症にかかりやすくなることがあげられます。口内炎も代表的な副作用の1つ。高血糖や高脂血症、発疹などの皮膚症状が起こることもあります。
アフィニトールは現在、セカンドラインの分子標的薬として用いられていますが今後、研究が進めば、がん一般に効くしくみから、腎がんだけでなく、ほかのがんの治療薬としても期待されています。すでに膵内分泌腫瘍(*)に対する臨床試験は終了し、有効であることが証明されています。また、胃がん、乳がん、肝がんなどに対する臨床試験も進行中です。
何年か後、アフィニトールはこれらのがんの治療にも、使われているかもしれません。
*間質性肺疾患=肺胞や肺胞壁(間質)に起こる炎症。非常に致命的であると同時に治療も難しい
*膵内分泌腫瘍=膵臓のホルモンを分泌する細胞に発生する悪性腫瘍
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