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患者のためのがんの薬事典

スプリセル(一般名:ダサチニブ水和物)
グリベック耐性の慢性骨髄性白血病の治療に新たなページを開く新薬

取材・文:柄川昭彦
発行:2009年5月
更新:2014年1月

  
スプリセル(一般名ダサチニブ水和物)

慢性骨髄性白血病の治療は、グリベック(一般名イマチニブ)の登場で大きく変わりましたが、すべてが解決したわけではありません。もともとグリベックが効かない人もいるし、耐性で効かなくなる人もいるからです。
スプリセル(一般名ダサチニブ)は、そういった人たちの第2次治療で効果が期待されています。また、フィラデルフィア染色体陽性の急性リンパ性白血病の治療にも使われます。この分子標的薬の登場によって、白血病治療は新たなページを開くことになります。

2つの白血病に新しい分子標的薬が登場

2009年1月、白血病の新しい治療薬としてスプリセル(一般名ダサチニブ水和物)が承認されました。白血病の分子標的薬としては、すでにグリベック(一般名イマチニブメシル酸塩)が2001年に承認され、画期的な治療成績をあげてきました。このスプリセルは、白血病に対する分子標的薬の第2世代薬として位置づけられる薬剤です。第1次治療ではグリベックが使われるため、第2次治療での効果が期待されています。適応症はグリベック抵抗性の慢性骨髄性白血病(CML)と、再発または難治性のフィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病(Ph+ALL)。この2つに共通しているのはフィラデルフィア染色体が陽性だということです。

スプリセルの作用を解説するには、まずこの染色体について説明しておく必要があります。9番と22番の遺伝子の一部が切断され、それぞれの遺伝子がくっつくと、BCR/ABL遺伝子が形成されます。この遺伝子により構成される異常な染色体が、フィラデルフィア染色体です。

この染色体は、BCR/ABLチロシンキナーゼという酵素を作り出します。この酵素には2つの結合部があり、1つには基質たんぱくが、もう1つにはエネルギー源のアデノシン3リン酸(ATP)が結合します。両者が結合すると、基質から細胞の核に向かって増殖のシグナルが出され、慢性骨髄性白血病やフィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病の異常な細胞が増殖します。スプリセルは、ATPの結合部に自ら結合することでATPの結合を阻害し、効果を発揮します。

グリベックに耐性を持つ白血病に有効

実はこの作用メカニズムは、グリベックと同じですが、グリベック抵抗性(グリベックが効かない、あるいはグリベックに耐性ができた)の慢性骨髄性白血病に有効なのは、次の3つの特徴を持っているためです。

第1は、BCR/ABLの活性を阻害する力が、グリベックよりも強力なこと。グリベックと比べ、325倍の作用を発揮したという研究結果も報告されています。第2は、突然変異を起こしたさまざまなBCR/ABLにも有効なこと。グリベックに耐性ができたBCR/ABLは、突然変異でATP結合部の構造が変化していることが多いですが、そのほとんどに対応して結合します。第3は、細胞の増殖や生存に重要な役割を果たすチロシンキナーゼ(SRCファミリー、c-KIT、EPHA2受容体、PDGFβ受容体)も併せて阻害すること。BCR/ABL以外にも標的を持っているわけです。

[慢性骨髄性白血病に対するスプリセルの有効性(海外臨床第2相試験START-R試験)]
図:慢性骨髄性白血病に対するスプリセルの有効性(海外臨床第2相試験START-R試験)〕

出典:ASCO 2008 Abstract 7012

従来の治療法、高用量のグリベックより優れていた

慢性骨髄性白血病の初回治療は、グリベックが中心。それが有効なら継続治療となり、抵抗性の場合、高用量のグリベック、骨髄移植、臨床試験という選択肢がありました。これに、スプリセルと、同時期に承認された分子標的薬タシグナ(一般名ニロチニブ)が加わりました。

フィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病の治療は移植が中心となります。まず、化学療法+グリベックの治療を行い、奏効した場合、ドナー(提供者)がいれば移植を行います。ドナーがいなければ、化学療法とグリベックによる地固め療法を行います。それらの治療で効果がなかったり、治療後に再発したりした場合、従来は、臨床試験、異なる化学療法、緩和療法、骨髄移植といった選択肢しかありませんでした。そこに、スプリセルが加わったわけです。

フィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病は治療のオプションが少なく、長期生存のためには移植に頼るしかありません。スプリセルによる治療は、ドナーを探す期間を延ばすという役割も果たすことになります。

スプリセルに関する臨床試験の中で、代表的なものを紹介しましょう。グリベック抵抗性の慢性骨髄性白血病に対する、スプリセルと高用量グリベックの比較試験です。長期試験成績をみると細胞遺伝学的メジャー寛解(*1)、細胞遺伝学的完全寛解(*2)、分子遺伝学的メジャー寛解(*3)のいずれも、スプリセル群が高い割合を示しました。無増悪生存期間(*4)でも、スプリセル群が優れていました。

高用量グリベックは、これまで有効な治療手段の1つとされていましたが、スプリセルにはそれに取って代わるだけの実力があることが証明されたのです。

*1 細胞遺伝学的メジャー寛解=部分寛解3つのうちの1つ。細胞遺伝学的検査により骨髄細胞を調べて、白血病に特有の異常細胞の割合が 35パーセント未満になった状態のこと
*2 細胞遺伝学的完全寛解=細胞遺伝学的検査により骨髄細胞を調べて、白血病に特有の異常細胞が見つからなくなった状態のこと
*3 分子遺伝学的メジャー寛解=分子遺伝学的検査により骨髄細胞を調べて、白血病に特有の異常遺伝子の割合が0.1パーセント未満になった状態のこと
*4 無増悪生存期間=病気の増悪または死因を問わない生存期間のこと

注意すべき副作用は血小板減少と胸水

スプリセルによる治療では、血液に対する副作用が現れることがあります。その中で比較的重い症状(グレード3、4)でみると、血小板減少が約半数の患者さんに見られます。また、胸水が現れるケースがあるのも、スプリセルの特徴といえそうです。血小板減少は血液検査で、胸水は胸部X線撮影で発見できます。胸水が発現する症例では、約半数が服用開始から4週間以内に現れているので、服用1カ月後のX線検査が重要です。

副作用の現れ方は、投与量によっても異なっています。スプリセルの用量は、慢性骨髄性白血病の慢性期では100mgを1日1回。慢性骨髄性白血病の移行期と急性期、フィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病では70mgを1日2回となっています。当然のことながら、投与量が少ないほうが、副作用も軽くなっています。

慢性骨髄性白血病の患者さんは、分子標的薬の登場で生存期間が延び、長期にわたって元気に過ごせるようになりました。

何年も飲み続けることを考えると、1日1回の服用は患者さんにとってうれしいことといえるでしょう。


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