患者のためのがんの薬事典
タルセバ(一般名:エルロチニブ)
初めて生存期間の延長が確認された肺がん分子標的薬
肺がんの分子標的薬として、まず登場したのは「イレッサ」(一般名ゲフィチニブ)だった。「タルセバ」(一般名エルロチニブ)は、それに続く分子標的薬として2007年10月に承認され、進行・再発肺がん(非小細胞肺がん)の第2、第3次治療に用いられている。作用メカニズムはイレッサと同じだが、海外の臨床試験で生存期間の延長が認められるなど、イレッサを上回る結果を残してきた。懸念されてきた副作用、皮疹や間質性肺疾患に対しては、きめ細かな対策がとられている。
がん細胞の増殖を抑える働きをする
タルセバは非小細胞肺がんの治療薬として、2007年10月に日本で承認され、12月に発売されました。もう少し正確に記すと、治療対象となるのは、「切除手術ができない進行・再発非小細胞肺がんで、化学療法を行った後に、その効果がなくなり、増悪し始めた患者さん」ということになります。かつてはこの段階までくると、なかなか有効な治療手段がなかったのですが、タルセバは生存期間を延長する効果が認められています。
この分子標的薬は、がん細胞の表面にあるEGFR(上皮増殖因子受容体)というタンパク質をターゲットにしています。EGFRに情報伝達物質が結合すると、細胞内にさまざまな指令が送られ、それによってがん細胞は増殖していきます。タルセバはEGFRの細胞内の部分に取り付き、がん細胞の増殖指令の伝達を抑制します。そのため、がんの増殖が抑えられ、治療効果が現れるのです。
こうした作用メカニズムを持つ薬を「チロシンキナーゼ阻害薬」といいます。
近年、特定の患者さんでEGFRに遺伝子変異が起こっていることが解ってきました。EGFRに特定の遺伝子変異がある場合、タルセバはより高い治療効果が期待できます。この遺伝子変異の有無を調べる検査が、タルセバが効きやすいかどうかを判定するのに役立つわけです。
ただ、この遺伝子変異がなければ、タルセバが効かないというわけではありません。たとえ遺伝子変異がなくても、一般的な化学療法と遜色がない程度には延命効果があることが明らかになっています。
海外の臨床試験で生存期間の延長を確認
タルセバの治療効果は、海外の第3相臨床試験(BR.21試験)で確認されています。この試験では、進行・再発非小細胞肺がんの第2次、第3次治療として、タルセバとプラセボ(偽薬)の効果を比較しています。その結果、全生存期間中央値は、プラセボ群が4.7カ月、タルセバ群が6.7カ月で、生存期間中央値を42.5パーセント延長させたことが確認されたのです。かつて、イレッサも同様の臨床試験を行っていますが、有意に生存期間を延長するという結果は得られませんでした。そのため、海外では承認が取り消された国もあります。ただ、日本では治療成績が良好だったことや、その後のイレッサの臨床試験の結果などから、現在も日本では使用することが可能です。
タルセバも、日本での成績は海外の成績より良好です。国内で行われた第2相臨床試験の結果では、全生存期間中央値は13.8カ月となっています。
また、タルセバは内服薬のため、多くは外来で治療が行われます。QOL(生活の質)を高く維持したまま、延命が期待できるわけです。
タルセバが海外の臨床試験でイレッサを上回る成績を残しているのは、用量の設定方法が異なるためだと考えられています。イレッサは「最少有効量」から用量が設定されたのに対し、タルセバは「最大耐用量」で設定されています。イレッサは効果が現れる最少の量、タルセバはこれ以上使うと毒性のほうが強くなる限界の量が用量となっているのです。
そのため、イレッサは「特定の効果が期待できる人には効く」という効果の現れ方をします。これに対し、タルセバは「特定の効果が期待できる人だけでなく、幅広い患者さんに効く」と言われている薬です。
皮疹に対してはステロイド剤で対処
EGFRチロシンキナーゼ阻害薬で特徴的に現れる副作用は皮疹などの皮膚障害です。イレッサでも発現しますが、発現率はタルセバのほうが高く、ほとんどの患者さんに発現します。ただ、日常生活に支障をきたすほど重篤な皮疹が現れる率は、5パーセント以下です。
皮疹は困った副作用ではありますが、皮疹が現れた初期の段階から、強めのステロイド剤を短期間(2~4週間)用いることでコントロールすることができます。なかなか皮膚症状が改善しない場合には、皮膚科に相談して皮疹の治療を受けることが勧められます。
皮疹以外には、下痢、口内炎などの副作用も現れます。腸や口の粘膜も皮膚と同様に上皮組織なので、皮膚と同じように影響が現れてしまうのです。こうした副作用をうまくコントロールし、タルセバの服用を継続することが、生存期間の延長につながります。
また、皮膚障害が強く出る患者さんほど生存期間が長くなるというデータもあります。がんの増殖抑制と皮膚障害は同じメカニズムで起きるので、がんによく効く患者さんには、皮膚障害も強く出てしまうのではと言われています。また、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬に特徴的な重篤な副作用として、間質性肺疾患にも十分な注意が必要です。タルセバによる間質性肺疾患の発症率は国内開発試験では4.9パーセントでした。リスクが高いのは、全身状態が不良な人、喫煙者、すでに肺気腫がある人などです。
現在、タルセバを処方する場合、医師は「治療確認シート」を患者さんに渡すことが決められています。このシートには、間質性肺疾患が疑われる特徴的な自覚症状や症状が出た場合の緊急連絡先(病院名、科名、主治医名、電話番号)などが記載されています。
現在、タルセバは膵臓がんに対する臨床試験が進められており、ジェムザール(一般名ゲムシタビン)との併用で生存期間が延びるという結果が出ています。2009年中に適応拡大の申請が行われる予定です。
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