患者のためのがんの薬事典
アイエーコール(一般名:シスプラチン)
医師の要望から肝臓がん動注化学療法用に開発された最強の抗がん剤
肝臓がんに対する化学療法の開発は遅れていますが、その中で、14年という長い開発期間を経て発売されたのが、アイエーコールです。
動注療法の適応は2004年ですが、臨床試験でも高い奏効率を得ているそうです。
今後、塞栓療法との併用や外来での治療の可能性も出てきているなど、発売から20年以上経った今でも進化を遂げている薬剤です。
肝臓がんの動注化学療法用に医師が要望
シスプラチンが日本で発売されるようになったのは1984年のことです。ランダなどの商品名で発売され、多くのがんの治療に用いられてきました。「効能・効果」として記載されているがんの種類は非常に多く、主なものをあげるだけでも次のようになります。
膀胱がん、前立腺がん、卵巣がん、非小細胞肺がん、小細胞肺がん、頭頸部がん、食道がん、胃がん、子宮頸がん、睾丸腫瘍、骨肉腫、悪性胸膜中皮腫、子宮体がん、再発・難治性悪性リンパ腫――。
シスプラチンは「固形がんに対する最強の抗がん剤」と呼ばれ、キードラッグとして、多くのがんの化学療法に使われてきました。しかし、その中に肝臓がんは含まれていなかったのです。
肝臓がんの化学療法は、日本では動注化学療法が広く行われていました。鼠蹊部(脚の付け根部分)から血管にカテーテルを挿入し、それを肝臓動脈まで送り込んで、抗がん剤を注入する治療法です。全身化学療法に比べ、がんに対して、より多くの抗がん剤を送り込むことができる治療法です。
シスプラチンが登場し、さまざまながんの治療に実績を上げ始めると、肝臓がんの動注化学療法にもシスプラチンを使いたいという医師らの要望が生まれてきました。シスプラチンは点滴で投与する薬ですが、そのままでは動注化学療法には使えなかったのです。
微粉末化することで投与時間を短縮できた
シスプラチンは水に溶けにくい物質で、日本で販売されている水溶液製剤では、100ミリグラムのシスプラチンだと200ミリリットルの生理的食塩水の量になります。この量を毎分2ミリリットルで投与すると、終了するまでに1時間40分かかります。腕などの静脈に点滴するならともかく、動注化学療法では時間がかかりすぎでした。そこで、短時間で投与できるシスプラチンの開発が進められたのです。
シスプラチンの結晶は通常は100ミクロンほどの大きさですが、もっと小さな微粉末にすれば、表面積が広がるので水に溶けやすくなります(溶けるまでの時間が短くなります)。こうして誕生したのがアイエーコールでした。粉末の大きさは30ミクロン以下。1粒が肉眼で見えるのは50ミクロン程度までと言われているので、まさに目に見えないほど小さな粉末になっています。
そのため、100ミリグラムを70ミリリットルの水に溶かすことができます。濃度が約3倍になることで、肝臓への動注化学療法が可能になったのです。
動注化学療法によって奏効率が大幅に向上
アイエーコールによる動注化学療法は、臨床試験で次のような成績をあげています。
対象となったのは、第1~2相試験で、最終的に決定する用量で治療した15例と、後期第2相試験の80例(40例の臨床試験が2つ)の計95例。奏効率は32.6パーセント(95例中31例が奏効)でした。また、他の抗がん剤の前治療があった症例に対しても28.3パーセント(46例中13例が奏効)の効果がありました。
肝臓がんに対し、シスプラチンを静脈注射で投与した場合の奏効率は、9~15パーセントというデータがあります。それに比べるとはるかに高い奏効率が得られたのです。
肝臓がん治療の効果判定法には、直接効果判定基準という方法もあります。肝動脈塞栓療法(がんに栄養と酸素を送っている血管を塞いでしまう治療法)などを行うと、がん細胞は壊死しているのに、画像検査に写る腫瘍の大きさは変わらないことがあります。このような部分を現実に即して判定するのが直接効果判定基準です。参考までにこの方法で判定してみると、前記の臨床試験における奏効率は38.9パーセントで、CR(完全寛解)も7例含まれていました。
アイエーコールの動注化学療法を行った場合の副作用は、動注の手技に伴う発熱など以外は、シスプラチンを静脈注射した場合とほぼ同じでした。シスプラチンは肝臓では分解されず、腎臓から排泄される薬なので、動注しても薬は全身に回るからです。
主な副作用としては、食欲不振、悪心・嘔吐、発熱、倦怠感、白血球減少、好中球減少、血小板減少などがあります。
塞栓療法との併用や外来での治療の可能性も
厚生労働省から認可を受けたアイエーコールの治療対象は、基本的には局所療法が行えない肝臓がんで、肝臓の状態が極端に悪くない場合とされています。肝動脈塞栓療法との併用や、局所治療後の再発予防に関しては、有効かどうかを判定する臨床試験の結果がまだ出ていないからです。ただ、肝動脈塞栓療法との併用は適応外ではありますが、実際には、医師の判断のもと、使用を始めている治療現場も出てきているようです。
今後の展望としては、局所治療後の再発予防に使われる可能性があります。また、アイエーコール単独ではなく、他の抗がん剤と組み合わせた多剤併用の動注化学療法で効果が高まるのではないかとも考えられています。
下腹部にリザーバー(薬剤を注入する際に用いられる埋め込み式の器具)を留置し、アイエーコールを周期的に投与する治療法の研究も進められています。この方法が実用化すると、外来で治療を繰り返すことができることになります。
今後の研究によって、アイエーコールはさらに患者さんの治療の幅を広げる可能性がありそうです。
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