患者のためのがんの薬事典
ゾラデックス(一般名:ゴセレリン酢酸塩)
前立腺がんと閉経前乳がんのホルモン療法の主役
ゾラデックスは、前立腺がんおよび閉経前乳がんのホルモン療法に用いるLH-RHアゴニスト製剤というタイプの注射剤です。
この薬剤は、1976年にイギリスで開発され、国内では1983年より検討が行われ、91年6月に前立腺がん、94年1月に閉経前乳がんの適応を得ています。販売開始は1991年9月です。
脳に作用して男性ホルモン/女性ホルモンを抑制
LH-RH(性腺刺激ホルモン放出ホルモン)は、脳の視床下部にある下垂体に作用し、LH(黄体形成ホルモン)あるいはFSH(卵胞刺激ホルモン)を分泌します。
さらにLHは睾丸(精巣)に働き男性ホルモンであるテストステロンを、FSHは卵巣に働き女性ホルモンであるエストロゲンを分泌します。
LH-RHアゴニストは、天然のLH-RHの数10倍の強さで下垂体の受容体を刺激します。
その結果、一時的にLHの分泌は高まりますが、連続的に刺激されることでLH-RH受容体が減少(ダウンレギュレーション)し、LHやFSHの分泌が抑制され、テストステロンやエストロゲンの産生が低下します。
ゾラデックスによる前立腺がんの治療
前立腺がんの多くは、男性ホルモンのテストステロンを栄養源にして病気が進行するという特徴があります。
LH-RHアゴニストは精巣でのテストステロンの産生を抑えることによってがん細胞の増殖や働きを抑えます。また、LH-RHアゴニストは、抗アンドロゲン剤というホルモン療法剤と併用することがあります。併用する治療法のことをMAB(マキマム・アンドロゲン・ブロケード)といいます。
最近では単剤で使用する場合よりも、がんを抑える効果が高いとの報告があります。
LH-RHアゴニストが開発される以前は、除睾術(睾丸を取り除く手術)によってテストステロンを抑制する治療法が一般的でした。除睾術と同様にテストステロンを抑制する効果を持つこの薬の登場で、前立腺がんの患者さんの治療選択肢が増えています。
前立腺がんのホルモン療法には単独で行われる場合や、手術や放射線治療と併用して行われる場合などがあります。手術や放射線治療の前に行われる治療をネオアジュバント療法、手術や放射線治療のあとに行われる治療をアジュバント療法といいます。
ゾラデックスによる閉経前のホルモン依存性乳がんの治療
乳がんのうち約70パーセントは女性ホルモンのエストロゲンの影響を受けて増殖するタイプ(ホルモン依存性)です。このタイプの乳がんに対しては、ホルモン療法が行われます。エストロゲン産生の経路は閉経状況により異なっており、閉経前では主に卵巣から、閉経後では主に副腎から分泌されます。
ゾラデックスは卵巣からのエストロゲン分泌を抑制しますので閉経前の乳がん患者さんに使用され、乳がんの術後の治療(アジュバント療法)や進行・再発時の治療に用いられています。なお、閉経後の乳がんの治療には、副腎からのエストロゲンの産生を抑制するアロマターゼ阻害薬というホルモン療法剤が主に使用されています。
その他、乳がんのホルモン療法にはがん細胞にあるエストロゲンの受容体に作用するものがあり(抗エストロゲン剤)、ゾラデックスなどのLH-RHアゴニストと併用されることがあります。
投与間隔の異なる2タイプ
ゾラデックスは直径が1.2~1.5ミリの固形の薬剤(デポ剤)であり、前腹部(お臍の下)に皮下注射で投与します。注射された薬剤はお腹の中で徐々に溶け出します。
前立腺がん治療に用いるゾラデックスは皮下注射を4週間(28日)に1度投与するタイプ(3.6ミリグラムデポ剤)と12週~13週に1度投与するタイプ(10.8ミリグラムデポ剤)があります。どちらも同様の有効性と安全性がありますが、10.8ミリグラムデポ剤のほうが1カ月あたりに換算すると低額になり、患者さんの費用の負担は軽くなります。
一方、乳がんの治療に用いることができるゾラデックスは、4週間に1度投与するタイプ(3.6ミリグラムデポ剤)のみが使用できます。12~13週に1度投与するタイプ(10.8ミリグラムデポ剤)には閉経前乳がんの適応はありません。
ゾラデックスの特徴的な副作用として、治療の開始初期に骨の痛みなどの一過性の症状の悪化が現れることがあります。これは薬の作用で、テストステロンやエストロゲンの分泌が一時的に増えてから減少するためです。その他の副作用として、ほてり、コレステロール上昇、肝機能障害などが報告されています。
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