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患者のためのがんの薬事典

サレド(一般名:サリドマイド)
多発性骨髄腫に福音。サリドマイドが新たな使命を帯びて再登場

監修:畠 清彦 癌研有明病院化学療法科部長
文:水田吉彦 日本メディカルライター協会(JMCA)
発行:2007年9月
更新:2014年2月

  

サリドマイドが多発性骨髄腫の治療に有用であることは、さまざまな臨床研究によって既に証明されています。そして現在、サリドマイドをいつ使用開始すべきか、どのように使用すべきかについて、熱心な議論が展開されています。

多発性骨髄腫とは

多発性骨髄腫は、免疫を司る“形質細胞”のがんです。異常な形質細胞が、骨髄やその他の部位において、制御不能な状態で増える病気です。悪性の形質細胞が過剰になると、白血球や赤血球、血小板などの成長が妨げられ、それと同時に、骨の破壊が生じます。

多発性骨髄腫は依然として不治の病であり、その治療は、異常な形質細胞を破壊して、病気の進行を遅らせることが目標になります。ただし、抗がん剤を用いる治療は、異常な形質細胞だけでなく、正常な血液細胞も死滅させるので、専門家(血液内科医)による実施が望まれます。

最もよく使用される抗がん剤は、アルケラン(一般名メルファラン)もしくはエンドキサン(一般名シクロホスファミド)です。オンコビン(一般名ビンクリスチン)とアドリアシン(一般名ドキソルビシン)も有効と考えられます。最近では、新しい併用療法も数多く検討されています。しかしながら、治癒に至る治療方法は、残念ながら確立されていません。どの薬(どの治療方法)も、いずれは効かなくなるという、厳しい現実があります。

重度の骨の痛みがある場合は、強い鎮痛薬と放射線治療を使用することで、痛みを軽減できます。放射線治療には、骨折を予防する効果もあります。骨を強くするビスフォスフォネート系の注射薬もあり、症状緩和に役立っています。

あの、サリドマイド?

サリドマイドは、1957年に催眠薬として開発され、当時は妊婦の“つわり”の薬としても使用されました。しかし、妊娠初期の女性が服用した場合、アザラシ症という手足のない子供が生まれることが明らかとなり、発売中止になりました。年配の方であれば、この事件は記憶に深く刻まれていることでしょう。本稿で述べているサリドマイドは、あのサリドマイドと同一の薬剤です。

世界的な発売中止から年を経て、サリドマイドが“ハンセン病”という病気の痛みの特効薬だということが再発見され、アメリカでは数年前に再び認可されました。

さらにサリドマイドは、多発性骨髄腫の治療薬としても有効性が証明され、現在までに欧米諸国や、韓国などで承認され、サリドマイドを含む併薬療法が標準的な治療方法となりつつあります。日本では、藤本製薬株式会社によって治験が終了し、昨年8月8日に承認申請が行われ、現在当局により審査中です(2007年2月時点)。

治療に難渋している多発性骨髄腫では、サリドマイド単剤でおよそ35パーセント、ステロイドホルモン剤デキサメタゾンとの併用でおよそ50パーセントの患者さんに有効性が認められます。また、ほかの抗がん剤との併用によって、さらに高い効果が報告されています。したがって、サリドマイドが承認されたなら、難治または再発の多発性骨髄腫に対して、救済治療の第1選択肢になりうるものと考えられます。

いつ使用するのか

既存の標準的治療を真っ先に行い、その後の再発でサリドマイドを選択するといった順番が、現時点では最も間違いの少ない考え方だと思われます。

一方、最初の治療からサリドマイドを含めた処方を用いることで、今まで以上の優れた成績を得ようとする試みも、欧米を中心になされています。表には、そうした臨床試験の代表例を示しました。たとえば、アメリカのアーカンソー州の研究グループは、従来通りのVAD療法(2種類の抗がん剤にステロイドホルモンを併用)にて寛解導入を図った後、自家造血幹細胞移植を行う「治療法(1)」と、それにサリドマイドを加えた「治療法(2)」、さらには血管新生阻害薬であるベルケイド(一般名ボルテゾミブ)も加えた「治療法(3)」を、同時に比較しました。その結果、サリドマイドを加えたほうが、より多くの患者さんで効果が得られ、生存期間も延長する可能性が認められました。

こうした臨床試験の結果を踏まえて、サリドマイドをいつ使用開始すべきか、または、どのように使用すべきかについて、専門家の熱心な議論が重ねられているところです。

[サリドマイドの初回治療への導入(自家造血幹細胞移植対象例)]

アーカンソー州の試験
  CR到達率 5年EFS(ハイリスク群2年EFS) 5年OS(ハイリスク群2年OS)
治療法(1) 40~50% 25% 55%
治療法(2) 65% 50%(30%) 65%(50%)
治療法(3) 80% 2年EFS 85%(70%) 2年OS 85%(75%)
ECOG Study
  奏効率 PFS中間値 グレード 3,4
DVT 脳虚血 虚血性心疾患 末梢神経障害
Thal+Dex (n=234) 59% 未到達 18% 3% 3.8% 3%
プラセボ+Dex(n=232) 42% 8.1M 4.3% 1.3% 2.2% 0%
ECOG Study
  奏効率(CR) グレード 3,4
DVT 顆粒球減少 便秘 末梢神経障害
Thal+Dex(n=100) 76%(10%) 15% 0% 9% 4%
VAD(n=100) 52%(8%) 2% 12% 3% 7%
Thal:サリドマイド  Dex:デキサメタゾン  PFS:無進行生存率  OS:全生存率
CR:完全寛解  EFS:無事故生存率  DVT:深部静脈血栓症


深部静脈血栓症に注意

サリドマイドによって、多発性骨髄腫の治療手段がまたひとつ増え、生存期間の延長に期待できることは、何よりも朗報です。また、サリドマイドは経口薬であることから、生活の質(QOL)の向上にも大きく貢献できると思われます。ですから、わが国でも迅速に承認審査が行われ、1日も早く認可されるように祈っています。

さて、サリドマイドに伴う副作用ですが、欧米ではとくに高齢者で、深部静脈血栓症が深刻な問題になっています。サリドマイドの単独使用では、同合併症の発生率が5パーセント未満であり、予防的な措置などは必要ないと考えられています。しかしながら、ステロイドホルモンとの併用時には、発生率が10パーセント以上に高まり、ドキソルビシンとの併用時には、20パーセント以上もの発生率となることから、何かしらの予防策が不可欠ではないかとされています。

深部静脈血栓症とは、体の深い部分を流れる静脈に“血の塊を作ってしまう病態です。発生すれば一大事。血栓溶解薬(血栓を溶かす薬)または抗凝固薬(血液をサラサラにする薬)をあらかじめ投与しておき、サリドマイドによる深部静脈血栓症が起きないよう、予防すべきとの意見が多く聞かれます。覚えておかれると良いでしょう。


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