患者のためのがんの薬事典
リュープリン(一般名:リュープロレリン)
偽ホルモンでエサを断ち前立腺がん、乳がんを抑える
リュープリンは性腺刺激ホルモンの分泌を抑制します。
そのため、ホルモン依存性のがんである前立腺がんや閉経前乳がんの増殖を抑える働きがあります。
リュープリンは粉末と液体がセットになっており、使用前に両方を混ぜて皮下に注射すると、1カ月にわたって一定の割合で薬が溶け出し続けます。
性腺刺激ホルモンの分泌を抑える薬剤
リュープリンは、進行した前立腺がんや閉経前乳がんの治療に使用されるLH-RHアナログ剤と呼ばれる、ホルモン剤の一種です。LHとは「黄体形成ホルモン」のこと、RHとは「解き放すホルモン」のこと、アナログとは「類似品」のことです。つまりLH-RHアナログ剤とは、黄体形成ホルモンを放出させるホルモンと同じような働きをする類似薬品のことです。脳の視床下部から放出されるLH-RHは下垂体前葉を刺激し、性腺刺激ホルモンである黄体形成ホルモンや卵胞刺激ホルモン(FSH)を分泌させます。
LH-RHアナログ剤を投与すると、本来LH-RHが取り込まれるはずの脳下垂体の鍵穴(レセプター)に取り込まれ、本物のLH-RHの取り込みを抑制させるので、結果的に卵胞刺激ホルモンや黄体形成ホルモンの分泌が低下するのです。
リュープリンは液体と粉末がセットになっており、使用前に両方をまぜて皮下に注射します。体内に入るとリュープリンの主成分であるリュープロレリンは4週間にわたってゆっくり分解され、その間一定の濃度に維持されます。
リュープロレリンは当初、避妊薬や不妊症治療薬としての開発が計画されましたが、ホルモン分泌を抑制する効果が判明し、ホルモン依存性のがんの治療薬として研究が進みました。前立腺がんの治療薬として1985年にまず米国で承認され、日本では1992年に前立腺がんの治療薬として承認されています。その後、閉経前乳がん(がん以外では子宮内膜症、中枢性思春期早発症、子宮筋腫で承認)の治療薬として追加承認を受けています。
男性ホルモンを抑えて前立腺がんの進行を抑制
リュープリンなどのLH-RHアナログ剤による内分泌治療は、進行した前立腺がんの治療として、最も有効で基本となる治療法です。前立腺がんの発症・進展はテストステロン(男性ホルモン)に依存しています。テストステロンはLH-RHにより刺激を受けて、精巣と副腎から分泌されます。そこでリュープリンを投与してLH-RHの取り込みを抑制し、テストステロンの生産を抑えて前立腺がんの進行を抑えるのです。治療効果は従来から行われていた精巣を摘出する去勢術と同等程度です。
前立腺がんの場合、前立腺の皮膜より外に浸潤した進行がん(T3~T4)がLH-RHアナログ剤による治療対象となります。通常、成人には4週間に1回、皮下注射します。初めて投与した、ごく初期のうちは黄体ホルモンおよびテストステロンの分泌を促進しますが、その後は下垂体における反応が低下してこれらのホルモン分泌を抑制し、前立腺の縮小をもたらして、前立腺がんに高い奏効率を示すのです。
乳がん増殖因子のエストロゲン分泌を抑制する
リュープリンは閉経前乳がんの治療にも使用されます。ホルモン受容体を有する乳がんはエストロゲン(女性ホルモン)の刺激が、がんの増殖に影響しています。そのため、女性ホルモンに影響されやすいホルモン感受性乳がんの場合にリュープリンは有効です。
エストロゲンは、閉経前と閉経後では、その作られる経路が違い、閉経前は主に卵巣から作られます。閉経後は卵巣からエストロゲンが作られることはほとんどありません。そのかわり、脂肪組織から作られるエストロゲンが増えます。そのため、エストロゲンを抑える薬も閉経前と後で違ってきます。閉経前は、卵巣の働きを抑える為に、卵胞刺激ホルモンを少なくする必要があります。
卵胞刺激ホルモンは、脳下垂体から分泌されるため、ここに作用するLH-RHアナログ剤であるリュープリンやゾラデックス(一般名ゴセレリン)を使用します。この注射によって、卵巣機能を抑制し、エストロゲンの分泌を抑制するのです。エストロゲンが、乳がん細胞に働きかけるのを妨ぐ、抗エストロゲン剤(一般名タモキシフェン)をあわせて使用することもあります。閉経後乳がんには、主にアロマターゼ阻害剤が使用されています。
乳がん治療では更年期障害様症状が多く発現
リュープリンによる副作用は、抗がん剤に比べて遙かに軽微ですが、男性または女性のどちらかが妊娠時または妊娠中にこの薬を使用していると、出産異常が起きる可能性があります。妊娠中、授乳中または将来子供をもうける予定がある場合は、治療を始める前に医師に知らせましょう。
そのほか、前立腺がん、乳がんの治療に共通した重大な副作用として0.1パーセント未満で発熱、呼吸困難などを伴う間質性肺炎や、じんましんや咳、呼吸困難などを伴う急性のアレルギーであるアナフィラキシー症状、頻度は不明ながら肝機能障害や黄疸が現れることがあります。
前立腺がんの治療では投薬初期には体内のテストステロン濃度の上昇によるものと思われる転移巣などの腫瘍の痛み、尿路閉塞あるいは脊髄圧迫や発汗、発熱、顔面紅潮、体のほてりといった症状が認められることがありますが、これらはたいてい2週間程度で収まります。それ以上続く場合には、直ちに医師に相談してください。
閉経前乳がんの場合はエストロゲン低下作用にもとづく更年期障害様ののぼせ、ほてり、肩こり、頭痛、不眠などが多く見られる(5パーセント以上)副作用です。また、0.1パーセント以下と発現は少ないものの、エストロゲン低下によるうつ状態で自殺企図に至った症例も報告されているため、異変を感じたら直ちに医師に相談してください。
副作用発現率 | 前立腺がん | 閉経前乳がん |
---|---|---|
5%以上 | 上昇、ほてり、熱感 | ほてり、熱感、のぼせ、肩こり、頭痛、 不眠、めまい、発汗、関節痛、骨疼痛 |
0.1%~5%未満 | 肝機能障害、黄疸、頭痛、めまい、 性欲減退、勃起障害など | 肝機能障害、性欲減退、情緒不安定、 悪心、嘔吐、不正出血など |
0.1%未満 | 筋肉痛、骨塩量低下など | 黄疸、潰瘍、うつなど |
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