上手につきあうための悪心・嘔吐の管理術講座
ベッドサイドからみた患者さんと悪心・嘔吐
おさないゆきこ
1999年より国立がん研究センター中央病院17B病棟に勤務。
これまで主に消化器がん治療病棟で患者さんの看護に従事している。【2004年4月より、石川県立看護大学成人・老年看護学講座助手】
国立がん研究センター中央病院
看護師の
小山内由希子さん
みやもと まさよ
1996年より国立がん研究センター中央病院に勤務。
これまで主に肺がん、血液がんの治療に携わり、現在は肺がん治療臨床試験(治験)で患者さんの看護に従事している。
国立がん研究センター中央病院
看護師の
宮本匡代さん
根拠のない不安は治療の弊害に
ラジオ・テレビに加え、インターネットの急速な普及の中で、私たちの周りはがん治療についての情報で溢れています。
「患者さんの中には、メディアによる影響でしょうか? 抗がん剤による治療というと、すぐに吐き気や嘔吐などの副作用を連想し、それに過剰な不安を抱いている方も少なからずいらっしゃいます」(小山内さん・宮本さん)
日常の診療をとおして、患者さんの意識を語る小山内さんと宮本さん。たしかに、がん化学療法中は普段と比べて食欲が減っていき、体力もなくなっていく……という副作用症状をイメージする方が多いのではないでしょうか。
しかし、抗がん剤による治療は腫瘍を小さくしたり、進行を遅らせたりする効果を得るために行うものであって、なかなか自覚症状として現れにくいものです。
「患者さんには副作用だけでなく、抗がん剤の治療効果にも目を向けていただきたいですね」(宮本さん)
抗がん剤によって異なる悪心・嘔吐
やみくもに不安を持つよりも、抗がん剤治療とその副作用を正しく理解したいものです。特に悪心・嘔吐は副作用のなかでもつらい症状のひとつですから、きちんと克服していくことが大切です。
「悪心・嘔吐は、漠然としたイメージのまま捉えるよりも、具体的なイメージとして捉えていたほうが、より前向きになれるようです。悪心・嘔吐の出方は患者さんによって異なるものの、抗がん剤により“いつ頃出て、どのぐらい続くのか、またその程度”の目安があります。患者さんはできる限り治療を具体的に捉えることで、目標が明確になり治療に積極的になれるようです」(小山内さん)
悪心・嘔吐には、抗がん剤投与後24時間以内に発生する急性と、抗がん剤投与後およそ2~5日後に発生する遅延性があります。さらに、悪心・嘔吐への不安などが原因でおこる心理性があり、全部で3つの種類があります。その悪心・嘔吐を抑えてくれる制吐剤として、現在最も汎用されているのが、80~90年代に開発されたカイトリルなどの5-HT3受容体拮抗薬です。それまでの制吐剤は、悪心・嘔吐は抑えるものの、ほかの副作用も発現してしまうものでした。5-HT3受容体拮抗薬は悪心・嘔吐を確実に抑え、かつ副作用がほとんどないという特徴を持っていたため、その登場は悪心・嘔吐対策はもとより、がん化学療法をも大きく進歩させたのです。
「急性の悪心・嘔吐については5-HT3受容体拮抗薬によりほとんどのケースで抑えることができます」(宮本さん)
遅延性の悪心・嘔吐はじわじわ・ダラダラ続く、というイメージですが、遅延性の悪心・嘔吐についても、急性期とほぼ同様に5-HT3受容体拮抗薬等の服用が奏効します。
心理性の嘔吐にはうまく気分転換を取り入れて
しかし、なかには抗がん剤による副作用とは別に、悪心・嘔吐がでやすい患者さんの傾向があるようです。
「神経質な方やがん治療やご自分の予後に過剰な不安を抱いていらっしゃる方、またもともと抑うつなどの症状がある方は、悪心・嘔吐を引き起こしやすいようです。そういう患者さんには、気を紛らわせるために他の患者さんやご家族との会話や外出をおすすめするなど、少しでも興味を治療からそらしていただく工夫をしています。気を紛らわせる方法をご自分なりにいくつか用意しておくのも、悪心・嘔吐を上手に乗りきるために有効だと思います」(宮本さん)
また心理性の悪心・嘔吐は、患者さんの治療の捉え方でも変わってくるようです。
「たとえば病気をきちんと受けとめられないうちに治療を始めた患者さんの場合、そうでない人に比べて悪心・嘔吐がよりつらく感じられてしまうようです。“なんとなく先生に勧められて”“家族に言われたから”治療を開始して、そのまま不安を持ちつづけている場合、精神的に不安定なため治療に対して前向きになれず、マイナス面ばかりをもたらす結果になることも。治療の目的を患者さんご自身がたえず確認することも大切だと思います」(小山内さん)
食事は口に合うものを少しずつ
悪心・嘔吐について“食べられなくなる”ことへの不安や質問は患者さんからよく聞かれます。
「入院中であれば、食べられなくても点滴で水分や栄養を補うことはできますが、“口からものを摂る”ことが不可能になると、患者さんは不安になります。これは健康な人でも同じことです。ただし、悪心・嘔吐がおさまり、いつか食べられるときが必ず来ますから、思いつめないことが大切です」(小山内さん)
抗がん剤の治療中の食事は、かなり制限があるように思われがちですが、糖質や脂質などの制限がなければ、病院食にはこだわらず口に合う、食べやすいものを食べていいのです。
「おすすめの食べ物は? と患者さんからよく質問されます。今はゼリー状の高タンパク、高カロリーのものも市販されていますので、お好きならそういったものでも構いません」(宮本さん)
「また、悪心が続いて気持ちが悪いときは食べられない不安があるかと思いますが、無理に食べなくても良いのです。無理に口に詰めこんであとで吐いてしまっては、食道の粘膜を傷つけることもあり良くありません。食べられそうなものからゆっくりと食べていくことをおすすめします。食べられるもの、好みのものを“口から食べる”ことは精神的な満足感を得るためにも大切なことなのです」(小山内さん)
外来がん化学療法は“今までの生活+α(治療)”
ご自宅での治療に移行しても、悪心・嘔吐対策は変わりません。
「患者さんのなかには、退院するときに、病院と同じ環境でないといけないと思われる方もいらして、なかには入院中と同じベッドを購入された方も過去にいらっしゃいました。これは極端な例ですが……。外来化学療法はあくまでご自宅での普通の生活に、抗がん剤の治療が加わっただけ、とお考えいただければと思います。治療法にもよりますが、必ずしも病院の管理下で治療を受けなければならない、という状況ではなくなったわけですから、自信をもって臨んでいただきたいです」(小山内さん)
ご自宅での治療となると、服薬と食事については大いに気になるところです。ただ、これも入院中と何ら変わることはありません。ご自宅での錠剤の服薬は、“食前・食間・食後”などと書かれているケースがあるため、患者さんは食事について入院中以上に不安に思われるようです。
「食事だって、入院中と同じ。気持ちが悪くて食べられないときは、食べなくても良いのです。基本は好きなもの、口に合うものを少しずつ、です。
特に自宅での治療では、ご家族の方が回復を願うあまり“栄養をつけさせよう、食べさせよう”と思われる傾向があるようですが、それで吐いてしまっては元の木阿弥なのです。ご家族の方も治療と副作用について十分ご理解いただき、患者さんご自身に無理のないお食事をお勧めいただければ良いですね」(小山内さん)
「お薬の服用も食事がとれなかった場合は、致し方ありません。気にせずに、服用なさってみてください。抗がん剤投与時には、満腹すぎても空腹すぎてもよくなく、少し胃の中にものが入っているぐらいが、悪心・嘔吐も起こりにくいベストな状態といえます。
吐き気が出やすい方は、外来治療に行かれる日の投与開始時刻を考え、朝食を少なめに召し上がるか、もしくは朝食は召し上がり、昼食を抜いてみるなど工夫なさってはいかがでしょうか」(宮本さん)
ご自宅での治療でも、カイトリルをはじめとする5-HT3受容体拮抗薬などの制吐剤を用いますから、入院中と同じように悪心・嘔吐を抑えることが可能です。食事は口にあうものを少しずつ、そしてきちんと制吐剤を服用する。それによって悪心・嘔吐はほとんど克服できますから、安心して外来の治療に臨みましょう。
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