FP黒田尚子のがんとライフプラン 2022年 Special

知っていますか? 2022年1月からの「傷病手当金」の改正ポイント

黒田尚子●ファイナンシャル・プランナー
発行:2022年4月
更新:2022年4月

  

くろだ なおこ 98年にFPとして独立後、個人に対するコンサルティング業務のかたわら、雑誌への執筆、講演活動などを行っている。乳がん体験者コーディネーター。黒田尚子FPオフィス公式HP www.naoko-kuroda.com/

高額かつ中長期にわたって治療が続くがん患者さんにとって、頼れる公的制度のマストアイテムといえば、公的医療保険の「高額療養費制度」が挙げられます。会社員なら、それと同じくらい欠かせないのが健康保険等の「傷病手当金」で、休職中の収入減を補填してくれる公的制度です。

ただし、ずっと受給できるわけではなく、支給期間は一定期間のみ。最長でも、支給開始日から1年6カ月で、受給期間中に復職などで、傷病手当金を受給しない期間があっても、1年6カ月を経過してしまえば、そこで終了となっていました。

それが、2022年1月1日より、傷病手当金の支給期間が通算できるよう、健康保険法等が改正されています。

今回は、がん患者さんが知っておきたい傷病手当金の概要と支給期間の通算化のポイント、注意点等についてまとめてみました。

「傷病手当金」の受給要件は?

まずは、傷病手当金の基本的な内容についておさらいしておきましょう。

対象となるのは、会社員や公務員などの被用者保険の加入者本人のみです。夫の扶養に入っている妻などは対象外ですし、国民健康保険に加入している自営業・自由業も受給できません(建設業など同じ事業や職種ごとの「国民健康保険組合」除く)。

また、正社員ではなく、パートタイマーなどの場合、受給できないと思っている患者さんもいますが、勤務先の健康保険等に加入していれば受給できます。

そして、受給するためには、次の3つの条件をすべて満たす必要があります。

①(業務上や通勤災害以外の)病気やケガにより療養中であること

②働けない状態(労務不能)であること

③4日以上会社を休んでいること

この3つの条件を満たし、会社を休み始めて連続した3日を経過した4日目から支給されるわけです。ただし、休業中は、給与の支払いがないか、傷病手当金の金額より少額でなければなりません。無給でなければ、傷病手当金はその差額分のみの支給となります。

ただ、多くの企業では、福利厚生として有給休暇制度が設けられているのが一般的です。

厚生労働省「令和3年就労条件総合調査の概況」によると、令和2年の1年間に企業が付与した年次有給休暇日数(繰越日数を除く)は、労働者1人につき平均17.9日となっています。これに加えて、病気休暇等の特別休暇制度がある企業割合は59.9%です。

ですから、仮に、がんになって、会社を休んだとしても、入院や在宅療養の期間が1カ月程度であれば、有給休暇を利用します。その後の治療も通院しながら仕事と両立できるようなら、傷病手当金を申請していないという患者さんも少なくないでしょう。

「傷病手当金」の受給できる金額は?

とはいえ、がんは他の病気と異なり、入院・手術が治療のスタートラインのようなもの。その後の抗がん薬や分子標的薬などによる薬物療法や放射線療法など、治療期間が数カ月単位で続きます。治療の副作用によって、職場復帰が難しいというケースもあります。

有給休暇を使い果たせば、欠勤扱いになりますので、そこで多くの患者さんは、傷病手当金を申請するといった流れです。

傷病手当金で支給される金額は、「標準報酬月額」を基準に決定されます。この対象となる報酬には、基本給だけでなく、通勤手当や残業代、家族手当、住宅手当、役付手当、年4回以上支給される賞与なども含まれます。

傷病手当金の額は、1日あたり休業開始前、直近12カ月の標準報酬月額の3分の2です。例えば、給与が30万円の場合、1カ月すべて休んで無給なら約20万円受け取れます。

なお、転職したばかりなど、被保険者期間が12カ月に満たない場合、①「対象の被保険者期間における標準報酬月額の平均額」と②「対象の被保険者の属する保険者の全被保険者の標準報酬月額の平均金額」のいずれか低い額が基準です。

ただし、注意しておきたいのは、ここから、健康保険料や厚生年金保険料といった社会保険料が差し引かれるということ。

さらに、傷病手当金は非課税ですので、ほかに収入がなければ所得税はかかりませんが、住民税は前年度の所得に対してかかる税金ですので、住民税も支払う必要があります。

いずれの額も、休職前の給与明細を見れば確認できます。きっと、結構な額だと感じられるはず。受け取れる傷病手当金が給料の3分の2と思っていたのに、「実際の手取り額が少なくて、家計が立ち行かなくなった!」なんてことのないようにしてください。

改正のポイント~支給される「期間」から「日数」に変更~

そこで、今回改正された傷病手当金の支給期間の通算化についてです。

前述したように、改正前の傷病手当金の支給期間は、同一傷病に対して支給を開始した日から最長1年6カ月。期間は1日単位で、暦の上で計算した日数で判断され、実際に受給した期間とは関係なく、支給を開始した日から1年6カ月後に受給期間が終了します。

がん患者さんの場合、傷病手当金の受給を開始した後に、いったん復職して、再び治療のため休職するといったケースも少なくなく、そうすると1年6カ月など、あっという間でしょう。

傷病手当金は、退職後も一定の条件を満たせば引き続き受給できますので、「もっと体調や病状が悪くなって、離職せざるを得なくなったときのために取っておいた方が良いのでは?」と申請のタイミングに悩む患者さんもおられます。

それが、2022年1月より、支給されるのが「期間」から「日数」に見直しされ、休職と復職を繰り返しても、その日数が1年6カ月に達するまで、傷病手当金が受給できるようになったのです。

経過措置として、改正前すでに傷病手当金を受給されている方も、2020年7月2日以降に受給開始の場合、2022年1月1日時点で1年6カ月を経過していないため、受給期間が通算して1年6カ月に達するまで受給できます(2020年7月1日以前に受給開始された方は、従来通りの扱い)。

ちなみに、今回の改正は、健康保険の被保険者にとって、制度の利便性を向上させるプラスの見直しと言えますが、共済組合については、以前から、傷病手当金の支給期間の通算化が導入されていました。保険者間の制度のばらつきが是正された改正と言えるでしょう(図1)。

がん患者さんが注意すべきポイントは?

がん患者さんが、傷病手当金を受給する際の注意点は、本連載の『FP黒田尚子のがんとライフプラン 58 がん患者が「傷病手当金」受給で知っておきたい3つのポイント』でも詳しく紹介しましたが、改正後も基本的には変わりません。

とくに、再発・転移した場合の「社会的治癒」の考え方について、最終的な判断は、加入している健康保険等次第です。ただし、今回の改正により、日数が通算できるようになったことで、社会的治癒の申立てが難しい場合、そのまま残っている期間を使い切る方法は確実に残されています。

全国健康保険協会の「現金給付受給者状況調査報告 令和2年度」によると、傷病手当金の平均支給期間は169.64日と、半年足らずです。しかも、傷病別にみると「新生物」は37.22日となっており、多くのがん患者さんは、1カ月程度しか受給していません。

筆者が、今回の改正に関する資料を確認した範囲では、1年6カ月を使い切らなければならない期間の限度の定めはないようです。ご自身の体調や治療の状況、業務内容等に応じて、柔軟に制度を活用することをお勧めします。

他の公的制度との「併給調整」が起きる可能性が増える?

ただ、改正によって、より注意が必要になったのは、他の公的制度との「併給調整」です。

例えば、雇用保険の基本手当と傷病手当金は併給できませんし、老齢年金についても、60歳以降も厚生年金保険の被保険者として働きながら「在職老齢年金」を受け取っているような場合、会社に在職期間中に傷病手当金を受給すれば調整はされず、両方が支給されます。ただし、退職等によって社会保険の資格を喪失した場合、支給調整の対象となるわけです。

傷病手当金と遺族年金についても、それぞれ支給の基準が異なりますから、両方が受け取れます。

そして、がん患者さんの相談が増えると予想されるのは、「障害年金」との調整です。

というのも、傷病手当金は、1年6カ月という期間限定の制度ですので、受給期間満了後も、就労困難な状況が続くようであれば、他の収入源を模索する必要があります。

その代表格が障害年金で、がんや脳血管疾患、心疾患、糖尿病など内部障害でも受給できます。

障害年金は、「障害基礎年金」と「障害厚生年金」の2つがあり、初診日に加入していたのが国民年金の場合は障害基礎年金のみ。厚生年金の場合は、障害厚生年金(障害等級1または2級であれば、障害基礎年金も同時に)が請求できます。

これまでは、1年6カ月が経過して傷病手当金の受給が終わる頃に、障害年金の申請を検討されるケースが多かったのですが、休職と復職を繰り返しているような場合、傷病手当金の受給期間が終了する前に、障害年金の申請が可能になる患者さんも増えると思われます。

その場合は、基本的に年金のほうが優先されますが、仮に、症状が改善し、障害厚生年金が受給できなくなったとしても、残っている期間がある限り、支給停止されていた傷病手当金の資格喪失後の継続給付が受けられるなど、注意が必要です。

傷病手当金を受けた後に、遡って老齢年金や障害年金(障害手当金含む)を受給して、併給調整が行われるようであれば、傷病手当金の一部または全部を返還しなければなりません。重複して受給するようになった場合は、速やかに保険者(協会けんぽ等)へ連絡しましょう(表2)。

表2

 

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