日本の医師はなぜ、無意味な検診をいつまでもやるのか
視触診では見つけられない。乳がん検査の主役はマンモグラフィだ!
岩瀬拓士さん
乳がんの検診というと、視触診を思い浮かべる人は少なくなかろう。“がん検診後進国”日本の象徴と言える検査である。
欧米では40年も前から導入されているマンモグラフィを中心とした検診が、ようやく日本でも普及し始めている。
視触診は今や“過去の遺物”と心得るべきだ。
意味のない視触診のみによる検診
欧米と比べて日本はがん検診後進国といわれている。その実情を象徴しているのが乳がん検診受診率の低さだろう。
欧米各国の乳がん罹患率が7~8人に1人、というレベルには達していないものの、日本でもこのところ乳がん患者は急増の一途だ。実際、2004年の医療統計では、10年前には50人に1人だった乳がん罹患率が23人に1人にまで増加しているほどだ。にもかかわらず日本の乳がん検診の受診率は相変わらず伸び悩みが続いている。
米国の乳がん検診受診率は約70パーセント。一方、日本の検診率は自治体などでの集団検診で15パーセント前後、職場などでの検診を含めてようやく30パーセントに届くかどうかという水準だ。しかし問題は受診率の低さだけではない。
「日本の乳がん検診は質的な側面でも課題が残されています。欧米では、ずっと前から乳房専用のX線撮影検査機器であるマンモグラフィによる検査が当たり前のこととして行われているのに対し、日本では未だに検診としては意味のない視触診に頼る傾向が残っています。また検査精度、さらに受診者の意識面でも変革が望まれます」
と、指摘するのは長く乳がんの検査、治療に取り組んでいる癌研有明病院乳腺センター長の岩瀬拓士さんである。
さまざまな問題が山積する中で、岩瀬さんがとくに強調するのが検査内容の問題だ。まずは視触診とマンモグラフィを用いた検査を比較してみよう。
検査を経験した人なら周知のように、マンモグラフィ検査では、乳房を特殊な器材で挟み込み、平坦に伸ばした状態でX線を当てて乳房内部を撮影して異常を探知する。乳房を平坦な状態にすることで組織の重合が少なくなるため腫瘍の発見が容易になることが特長だ。
欧米ではマンモグラフィによる乳がん検査がなんと1960年代から実施されている。また同時期からコントロール群との比較試験も盛んに行われ、効果がはっきり確認されている。
「検査の効果とは結局のところ、受診者の死亡率がどれだけ減少したかということで判断されます。欧米では80年前後に、いくつもの比較試験によってマンモグラフィ検査の受診者は、受診しなかった人に比べて50代以上で約30パーセント、40代でも約15パーセント死亡率が低下していることが確認されています。現在は当時と比べて技術精度が飛躍的に向上しており、すりガラスを通しているようだった映像がきわめて鮮明に映し出されるようになっています。そのことを考えると、この格差はもっと大きくなっているでしょう」
なぜ無意味な検査が検診の主流になってきたか
一方視触診は、医師が患者の乳房を目視し、指で触れることで、しこりなどの異常を探る検査法だ。日本では90年代になりマンモグラフィが導入され始めるまでこのプリミティブな検査法が主流だった。しかし現在、この視触診がほとんど意味を持たないことが明らかになっている。
「検診の目的はまだ症状の現われていない早期がんの発見にあります。しかし視触診では小さながんや乳房の奥にあるがんは見つけられません。視触診で発見できるのは乳房の表面近くにできたがんや直径2センチ程度にまで大きくなったがんに限られています。乳がんは1年でだいたい直径が倍になると言われています。1センチのがんになるまでは、10年位かかります。マンモグラフィでは、がんが手で触れるほど大きくなる何年も前に発見できるのです」
なぜ、こうした無意味としか思えない検査が、日本では長期間にわたって検診の主流としてもてはやされてきたのだろうか。
「日本の女性は欧米の女性と比べて、乳房が小さいので視触診でも十分にがんが発見できると考えられてきたこともあるし、視触診に慣れ携わってきた医師たちの立場が配慮された経緯もあるでしょう。しかし、いずれにせよ、現在では視触診のみの検診は過去の遺物と考えて差し支えないでしょうね」
岩瀬さんはこうも言う。
「私自身も含めて視触診に携わってきた医師は例外なくその頼りなさに疑問を感じています。なかにはこの検査法でがんを見つける技量に自信を持っている医師もいるかもしれませんが、乳がんの専門家になればなるほど視触診の無力さを痛感していると思います。」
こうしてみると同じ乳がん検診を受けるなら、マンモグラフィ検査が含まれていることが不可欠の条件といえそうだ。
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