見落とし・誤診を避けて、有効な乳がん検診を受けるために
2003年の8月から10月にかけて、朝日新聞紙上で乳がん検診に関するキャンペーンが行われ、医療機関、市民、患者の間にさまざまな反響を生んだ。乳がん検診を受けたにもかかわらず、「見落とし」「誤診」があったとする体験を発端に、乳腺専門医への受診とマンモグラフィによる検診を強くすすめる内容だった。
04年2月26日、厚労省の「がん検診に関する検討会」はマンモグラフィによる検診の対象年齢を50歳以上から40歳以上へと引き下げる決定を下した。
しかし、「検診にマンモグラフィを導入する」だけで、本当に乳がんの早期発見に結びつくのだろうか。
今、改めて「本当に自分のためになる乳がん検診の受け方」と「今後の検診・受診のあり方」について考えたい。
なぜ現在、乳がん検診を婦人科医が行っているのか
現在、乳がんの診療は「外科」や「乳腺科」が行っている。今回の報道の論調は、専門外の婦人科医が乳がん検診を行っていることが、見落としや誤診の原因の一つだとして、婦人科医は批判の矢面に立たされた。
関東のある市の乳がん検診施設一覧をみると、胃腸外科、内科、小児科、皮膚科など多様だが、たしかに産婦人科の数はもっとも多い。なぜ、乳がん検診に婦人科が多く関わってきたのだろう。
豊島区の千川産婦人科医院の院長を務める土橋一慶さんを訪ねた。土橋さんは産婦人科学の出身だが、同時に日本乳癌学会の認定医・専門医であり、乳癌検診学会の理事としてマンモグラフィの導入・浸透のために動いてきた人だ。
「わが国の産婦人科医における系統的な乳がん診療は、帝京大学産婦人科の故荒井清教授が、ドイツに習い、検診・診断・治療までの一貫したカリキュラムをはじめて産婦人科教室に組み込んだことが発端でした」
ドイツでは現在も産婦人科医が乳がんの診断・治療にあたっているが、わが国でも婦人科医は一般的に乳がん検診について学んでいるのだろうか。
帝京大学では昭和63年、産婦人科外来に乳腺外来を設けているし、その後は乳腺外来を一本化して産婦人科、外科、病理、放射線科などの専門医が協力して乳がん診療にあたっているが、これは極めて特異な例といえる。
昨年の日本産科婦人科学会総会で行われた乳がん検診に関する小委員会の発表はそれを裏付けている。日本全国の教育機関のうち、がん検診を婦人科学の教育に組み込んでいるところは、乳がんではゼロに等しく、子宮がんでさえ40パーセント前後という調査結果だった。
「それでいて8割の婦人科医が検診に関わっているのです」(土橋さん)
だからといってこれまでの検診の流れを無視し、婦人科と乳がん検診の関わりを断ち切ってしまうことは難しいという。
「現在検診の受診率は10パーセント程度ですが、乳癌検診学会では受診率30パーセントから、将来的には米国で死亡率が減少したのと同率の70パーセント以上を目指しています」。その需要に対応するためには、乳腺専門医や専門施設では足りない。
「婦人科医のみならず外科医、放射線科医、内科医など乳がん検診に必要な知識を持つ医師の協力が不可欠です」(土橋さん)
すなわち、診断や治療医とは異なる、検診医としての教育が必要なのだという。
マンモグラフィ検診は、50歳以上の人に有効
視触診の技術は経験する症例数にも左右され、各医師の技量を客観的に評価することは難しい。したがってマニュアル化や標準化による精度管理は不可能に近い。一方で、視触診のみの検診が生存率の向上に結びつかないことが統計的に明らかにされている。
第一線の乳腺外科医で、*マンモグラフィ検診精度管理中央委員会(以下、精中委)の認定読影医でもある聖路加国際病院外科医長の中村清吾さんを訪ねた。
「マンモグラフィ検診を定期的に受けることによって見つかる乳がんの多くは1センチ以下の大きさです。毎年きちんと検診を受けていれば5ミリ以下、もしくは自己検診や医師の視触診では認識できないような石灰化で見つけることも可能です」
土橋さんも集団検診でのマンモグラフィの有用性を「2センチ以下、リンパ節転移なしの早期乳がんは発見できれば9割の人が助かります。集団検診は、死亡率を減少させないと意味がありません」と語る。
NPO乳房健康研究会の理事で、精中委の読影講習会の講師を務めることの多い東京逓信病院放射線科医長の島田菜穂子さんに聞いた。
「乳癌検診学会では、50歳以上では視触診検診を毎年とマンモグラフィ検診を2年に1度受けるのが好ましいとし、40代においてはいまだ検討中です」。
*マンモグラフィ検診精度管理中央委員会(精中委)=日本乳癌検診学会や日本乳癌学会、日本放射線技術学会、日本産科婦人科学会など6つの学会が協力して設立・運営。マンモグラフィの撮影技師、読影医の研修や認定、施設認定を行う
マンモグラフィ導入を阻むさまざまな問題
これらを元に、厚生労働省「がん検診に関する検討会」はこれまでに勧告や指針を出してきた。そして、今年2月26日、マンモグラフィと視触診の併用検診の対象を40歳以上に引き下げることを決め、市町村に対しこの4月からの実施を求める。
「いずれも法的な強制力がない上に、国は98年に検診への補助金を打ち切り、検診事業を各自治体の判断にゆだねました。一昨年に全国の担当者に対して行ったアンケートでは、地域ごとの温度差も痛切に感じました」(島田さん)
たとえ、マンモグラフィ導入の必要性を理解していても、提供者側の自治体は(1) 導入資金や人員配置などの資金の問題、(2) 人材の不足、(3) 住民の要望がないなど、導入を阻む要素を挙げている。「撮影資格を持った技師や読影医という人材は、精中委の設立と精力的な活動により順調に増えてきています。しかし、そのすべてが検診業務についているわけではないため、依然不足感があるのではないでしょうか」(島田さん)
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