患者のためのがんの薬辞典
アフィニトール(一般名:エベロリムス)
日本で最初の膵神経内分泌腫瘍の治療薬
米アップル社のスティーブ・ジョブズさんが罹患したことで知られる「膵神経内分泌腫瘍」は、最近まで有効な治療薬がありませんでした。日本では、昨年末にようやく膵神経内分泌腫瘍を適応症とする治療薬「アフィニトール」が登場しました。病名の認知度向上など、この病気を取巻く課題は山積ですが、治療の選択肢が広がったことは患者さんにとって朗報です。
ホルモンを分泌する膵臓内の細胞にできるがん
膵神経内分泌腫瘍(pNET)とは消化器、呼吸器をはじめ、全身のさまざまな臓器に発生する神経内分泌腫瘍(NET)のうち、膵臓原発のものを指します(図1)。
日本における年間患者数は3000人弱と少なく、希少がんの1つです。
膵神経内分泌腫瘍は、人体に広く分布する神経内分泌細胞からできる腫瘍です。
NETは症状の有無で大きく2つに分類されます。腫瘍から分泌されるホルモンにより異常な症状が出るものを「機能性NET」といい、症状のないものを「非機能性NET」といいます。
症状のあるものには、いくつか種類がありますが、最も頻度が高いインスリノーマでは、血糖を下げるインスリンというホルモンが過剰に分泌されることにより、低血糖などの症状を引き起こします。
症状が出るタイプでは、腫瘍が小さい時期からさまざまなホルモン症状が出るため、比較的早期に発見されることもあります。一方、症状のないタイプでは、特別な自覚症状がないため、画像診断などを受けたときに偶然見つかることがほとんどです。発見が遅れがちなため、発見されたときには、すでに肝臓などの他の臓器に転移している場合もあります。
手術できない場合に使う薬ができた
治療法は、手術が基本です。早期の膵神経内分泌腫瘍では、手術ですべての腫瘍を切除できれば、経過観察を経て治癒します。ただし、進行例で手術ができない場合は、病気の進行を抑える有効な治療法がなく、症状をとるための薬物治療を行うしかないという状況が続いていました。
そのようななか、2011年5月に米国で、8月に欧州で、アフィニトール*が膵神経内分泌腫瘍治療薬として承認されました。日本でも同年12月、すでに同薬が承認を得ていた腎がん治療薬からの適応拡大というかたちで、膵神経内分泌腫瘍への使用が認められたのです。
*アフィニトール=一般名エベロリムス
進行しない期間を延ばす試験結果
アフィニトールは、がん細胞の成長や増殖、血管新生にかかわるタンパクの働きを阻害し、がん細胞の増殖を抑える薬です。
その効果は、進行性膵神経内分泌腫瘍の患者さんに対して行った大規模な国際臨床試験の結果で明らかとなっています(図2)。
試験は、合計410人の患者さんを対象に、「アフィニトール+支持療法」のグループと、「プラセボ(偽薬)+支持療法」のグループに分けて、薬の効果と安全性を比較検討しました。
その結果、がんが進行せず安定した状態である期間(無増悪生存期間)は、「アフィニトール+支持療法」のグループ(11.0カ月)のほうが、「プラセボ+支持療法」のグループ(4.6カ月)よりも、6.4カ月長かったのです。
この臨床試験には、日本からも40人の患者さんが参加しています。日本人の効果だけを解析した結果では、がんが進行せずに安定した状態である期間がより延長されています。
具体的には、「アフィニトール+支持療法」のグループ(19.5カ月)が、「プラセボ+支持療法」のグループ(2.8カ月)より、16.7カ月も無増悪生存期間が長いという結果でした。
また、前述の症状が出るタイプの膵神経内分泌腫瘍では、低血糖や逆流性食道炎などの症状が現れますが、アフィニトールはそのなかでも低血糖の症状を改善する効果が優れていることが明らかになっています。
管理しやすい副作用で長期の服用が可能
アフィニトールの主な副作用は感染症、口内炎です。とくに注意すべき副作用としては、間質性肺疾患があります。これは、肺の内部にある肺胞の壁(間質)に炎症が生じる合併症で、臨床試験では17%の患者さんに認められました。しかしながら、アフィニトールによる間質性肺疾患は治療による反応性が良好であるなど、他の薬剤による間質性肺疾患とは異なるといわれています。副作用の多くは、薬の減量・休薬などで対処できます。また他の薬剤に比べて、アフィニトールの副作用は比較的管理しやすいため、長期にわたって治療を継続しやすい薬剤といえます。飲み薬であるため、患者さんが社会復帰をしながら、療養するのにも適しています。
アフィニトールによる治療は、1日1回10mgの錠剤を服用します。腎がんの治療の場合は空腹時に薬を服用する必要がありましたが、膵神経内分泌腫瘍の治療の場合は、食後または空腹時のいずれか、毎日同じ時間帯に服用するという規定になっています。
薬剤費は、医療保険の種類等にもよりますが、月額で70万円程度かかります。高額療養費制度を活用すると、自己負担額を軽減することができます。
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