「がんばらない」の医師 鎌田實とがん患者の心の往復書簡 松村尚美さん編 第4回

発行:2004年6月
更新:2013年9月

  

病状が進みました。今は痛みを抱えています

松村尚美さん

まつむら なおみ
千葉県在住。50歳。1男1女の母。98年乳がん3期との診断を受ける2000年右鎖骨上のリンパ節に再発
現在抗がん剤治療を受けている乳がん患者会「イデアフォー」の世話人の1人でもある

がん患者・松村尚美さんから 医療者・鎌田實さんへの書簡

スーパーでカートを押しながら野菜を籠に入れているとき、痛くて歩けなくなってしまいました。ベンチに腰を下ろしました。目の前が涙でボーッと翳んでいます。

なぜ、泣いているのかしら、我慢するのがいやになった、涙がこぼれるのならそれでもいいでしょう。

1月、蜂窩織炎になりました。リンパ浮腫の腕の細菌感染。抗がん剤は使えず、抗生剤の点滴に1週間通院しました。同じころ、今までかろうじて進行を食い止めていた抗がん剤も効かなくなって、病状がいっきに進行しました。

1月、2月と、何を考えて過ごしていたのでしょう。

あれほど恐れていた症状が姿をあらわしている、患部が熱をもち、腫れて痛みが増してきている。この病状を受け入れることが今の私には必要なんですという言葉を、主治医はカルテに書きとめていました。がんは全身病だから、一つの病状にとらわれていては全身が見えなくなる、なぜかそう思っていました。生きがいのある命を生きたいから、もしこの傷にとらわれたら私は悲しさと恐れで動けなくなります。

今は痛みを抱えています。初めは傷の表面が痛みました。傷が肌着に擦れて痛むようで、そのうち内部から痛みが突き上げるようになりました。薬を飲んでも効くまでに時間がかかり、じっと痛みを抱えていました。その痛みを抱える静かな時間、私は初めて、私の病気、がんと向き合っていたようです。

何か聞こえたのでしょうか、ただ向き合っていただけでしょうか。

痛みとこれに耐えようとする自分の身体のやり取りに耳を澄ます時間は不思議な穏やかさに満ちていました。これ以上痛みが強くなれば、薬に頼らなくてはなりません。

そのぎりぎりの瞬間だったと、そのとき私は身体から聞こえる声を聞いたと思いました。

現実には症状を受け入れて、痛みをコントロールする。ただこんな簡単なことができないでいました。怖くて辛いのです。わずか1年前の私はずいぶん頑張っていて、怖いとも思いませんでした。

今は心が柔らかくなったぶん、強くなっていると友人に言われましたが信じられない、ただ心のそこに覚悟の原型のようなものができたようです。

もうしばらく大丈夫でしょう、私は私でいられると思いました。痛くなったら、ペインコントロールを受けます。胸の傷のガーゼ交換もします。やっと一つの波を越えたような気がしています。

無理なくふわりと呑気に生きたい

会社の帰り道、街灯の明かりのもと、柔らかな花の香りにつつまれました。

確かに、花の香りでした。

生垣の向こうに、半分だけ下りているシャッターの窓を向いている犬と目が合いました。

同じ道を昼間歩いても香らないのに、夜歩くとかすかに香ります。

そんな香りのようなものを花だけではなくそばにいる人に感じています。

幸せだと思います。

鎌田様

『がんサポート』の担当の方よりお電話をいただきました。免疫についての対談をなさるとか。免疫について聞きたいことがあれば代わりに聞くからとおっしゃっているので、と。

初発のときはずいぶん本を読みましたが、再発してからはほとんど気にも留めず生活しています。がんという大きな病気を抱えていることは、身体のバランスがすでにとれていないと思っているからです。

がんは、治療法はともかく何年か先には全貌が見えてくると考えています。

そのとき、前回書かれていた自然治癒する方法のことも明らかになるでしょう。今は多くのことが謎につつまれ、そして多くのことが明らかになっている混沌とした状況です。

その中で何かにとらわれ生きていくことは大変なことだと思います。

私は、子供のころから生活の中で学んできたこと、を大切にして暮らしたいのです。

無理なく身体を鍛える、心の安定を大切にする、バランスの良い食生活など、睡眠も大切ですね。無理なくふわりと、呑気に生きていけたらと思っています。

とは言え、厳しい状況なのでそうも言っていられませんが。今回は対談後のお話が聞けると楽しみにしております。

ここにいます一緒に生きていきましょう

最近、病院で、所属するボランティアの集まりで、声をかけられることが何度かありました。この雑誌を読まれた方たちです。
同じ病を抱え懸命に生きている、そんな方に私のつぶやきが届いている、そしてそのことに私も支えられている。

ありがとうございます。

頑張っているばかりではありません、悔しがったり、泣いていたり、でもそれぞれの生き方が違っていても、生きることをあきらめてはいませんね。

周りに支えられてはいても、でも自分の力で生きていますよね。まだお会いしていないあなたへ、一緒に生きていきましょうね。

私はここにいますから。

鎌田様、

またこうしてお手紙を書ける機会をいただけました。

本当につぶやいているだけです。何かのお役に立てばと思っていますが、お許しください。

お忙しい毎日を過ごされていること、どうぞもっと、もっと、ゆっくりなさってください。あなたの声を聞いて元気になられている方がたくさんおられることを思うと、そうも言ってられないのですね。

お元気で。

 2004年春

自宅にて
松村尚美

鎌田實様

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