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大気汚染と発がん
危険な中国からの越境汚染
すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。
冬場になると、暖房などをよく使うので化石燃料の使用も増し、大気汚染も多いと想像できます。それで、大気汚染と発がんの関係を調査してみることにしました。日本国内の対策はともあれ、中国からの越境汚染が重大な問題と判明しました。
大気汚染の有害物質のリスト
まず、大気汚染の有害物質のリストについて述べます。元来は環境省発表ですが、岩手県庁のホームページに明快な1頁がありました。
発がん性の確実な物質としてベンゼン、エチレン、塩化ビニルモノマーのほか、ホルムアルデヒド、ベンゾピレンなどを名指ししています。さらに、ニッケル、ベリリウム、マンガンなどの金属を挙げ、他に発がん性の強く疑われるものとして、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン、1,3-ブタジエン、アクリロニトリル、アセトアルデヒド、クロロホルム、ジクロロエタン、ジクロロメタンなどを挙げています。
また、このリストには挙がっていませんが、ダイオキシンも候補です。以上はすべて炭化水素、つまり炭素と水素の化合物に他の物質が加わったもの。硫化物(硫黄の化合物)、窒素化合物、光化学オキシダント(OX)、一酸化炭素、元素状炭素粒子などの浮遊粉塵も候補に挙がっています。
これらの物質に関しては、環境省が環境基準値を定め、たとえば、ベンゼンは3μg/m3以下として全国各地で毎年詳細にモニターして数値を発表しています。
有害物質の由来と性質
代表的な大気汚染の有害物質の性質とその由来を検討します。
ベンゼン:化学の授業でおなじみの「ベンゼン核」です。発生源の中心はガソリン、つまり自動車の排気ガスのほか、炭素が不完全燃焼する状況でも発生し、例としてはタバコの煙に含まれます。
国立衛生研究所のホームページによると、この物質は1950年代に骨髄障害と再生不良性貧血の原因物質として注目され、代替として使われたトルエン、キシレンはシンナー遊びに使われました。さらに、ベンゼン自体が都市ガス発生時に産生され、土地に残留して地下水汚染源にもなると判明しています。清涼飲料水に見つかった例も散発的に知られ、原因は保存料である安息香酸と酸化防止剤であるビタミンCの反応によります。強い発がん性は、ベンゼンが活性酸素(酸化力の強い酸素の仲間)を発生させるパワーにあるとされています。
トリクロロエチレン:有機塩素系溶剤の1種。無色透明の液体でクロロホルムに似た臭いを発し、揮発性・不燃性で水に溶けにくい性質です。
ドライクリーニングのシミ抜き、金属・機械の脱脂洗浄剤に使われるなど、洗浄剤・溶剤として優れた性質がある反面、環境中に排出されても安定していて壊れにくく、テトラクロロエチレンとともに地下水汚染の原因物質にもなっています。
余談ですが、麻酔科医の私にとって、この物質は数10年前には吸入麻酔薬で、実際にも使用しました。発がん性は知られていませんでした。
硫化物やダイオキシンについて
硫化物・窒素化合物・一酸化炭素・元素状炭素粒子・光化学オキシダント・ダイオキシン:発がん性はさほど強くはありませんが、すべて有害物質です。いずれも工場や自動車などの排ガスに含まれます。
硫化物は、二酸素硫黄(SO2)と硫化水素(H2S)で、後者はよく温泉などで臭う、くさい臭いの源。窒素化合物は、主に一酸化窒素(NO)で、それ自体は無色無臭ですが、有毒で後に述べるNO2になって体に傷害を招きます。一酸化炭素(CO)は、血液中のヘモグロビンと結合する有害物質ですが、発がん性はほとんどありません。
光化学オキシダントのオキシダントは「酸化性物質」ですが、傷害を招く物質として還元性物質(*)も知られています。たとえば、自動車の排ガスに含まれる一酸化窒素(NO)が、紫外線と炭化水素(上記のベンゼンなど)の作用でNO2となって、激しい酸化作用、人体への作用を招きます。
環境用語集によると、直接傷害は眼・粘膜・皮膚などの損傷ですが、光化学オキシダント自体にも弱い発がん性があり、光化学オキシダントの発生は、ベンゼンなどの発がん性の強い揮発性炭化水素で誘発されるそうです。
ダイオキシンは、毒性が非常に強く、催奇性(*)もありますが、それに比較すると、発がん性はさほど強くはありません。ダイオキシン対策が進んで環境濃度が著しく低下したので、現時点では重要な発がん物質とは考えられていません。
ただし、どんな状況で発生するか予測困難な要素もあって、油断大敵です。
*還元性物質=還元とは他の物質から酸素を奪う化学反応で、還元性物質とは還元を起こす物質*催奇性=奇形を引き起こす性質
*催奇性=奇形を引き起こす性質
大気汚染についての特殊な問題
最後に、大気汚染について、特殊な問題をいくつか扱います。
(1)汚染された大気が外国から流れてくる問題
日本の風上に当たる西側には、10倍以上の人口を有する中国があり、それが重大な汚染源となっています。対象と考えられるのは、主に二酸化硫黄と窒素酸化物で、これに対しては「中国からの越境大気汚染問題」というテーマで、大沼あゆみ研究会が40頁の充実した計測結果と考察を発表しています。
環境省も「越境大気汚染・酸性雨長期モニタリング計画」という題名で対応しており、08年、09年と予備計測して、10年から本格的なモニターを行っています。観測地点は、北海道利尻島、鹿児島県屋久島、さらに、小笠原諸島など27カ所で、さまざまなデータに関して徹底的にモニターを始めました。このテーマに関しては、ほかにもいくつかの施設が研究に手をつけています。
(2)世界地図上の空気のきれいな国
日本の国土はすでに十分汚染され、さらに、中国からの大気汚染が加わるので、きれいな環境は望めません。その意味で、環境汚染の少ない土地柄はオーストラリアとニュージーランドです。この2国は国土の割に人口が少なく、大気汚染が少ないことが世界地図の上で証明されています。
大気汚染とがん発生の問題を検討しました。日本はなかなか上手に対応してきたようですが、中国大陸からの汚染輸入は避けられず、先行き重要な課題です。個人レベルでは節煙・禁煙が有効で、努力のしがいがあります。