抗がん剤の肺障害
副作用の要因・事例を詳しく解説

文:諏訪邦夫(帝京大学八王子キャンパス)
発行:2007年6月
更新:2013年4月

  

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

4種の肺がんの特徴

まず肺がんの分類・経過・症状・発生部位の順番で述べます。

「肺がんとはどのような病気か」

このサイトでは、肺がんが小細胞がん、腺がん、扁平上皮がん、大細胞がんの4つに分けられることを書いています。

そのなかの小細胞がんは進行が極端に速く、通常、転移が見つかった後では、手術の対象になりません。加えて、放射線治療も困難で、主に化学療法の対象となっています。

そして、残りの腺がん、扁平上皮がん、大細胞がんの3つをまとめて「非小細胞がん」と呼んでいます。

腺がんは肺がんの約半数を占め、性別、年齢、喫煙者と非喫煙者の差などの区別なく、平均的に発生します。腺組織は肺の末梢に多数あり、おのずと腺がんはこの部分に多く発生します。肺の末梢は、みんな同じような組織で、そこに発生したがんはX線で鑑別しやすい一方、口から遠いので咳や血痰などの症状は出にくいのが普通です。

扁平上皮がんは、男性、高齢者、多量喫煙者に多いのが特徴で、太い気管支に発生します。この部分は複雑な構造で、そこに発生したがんはX線で鑑別しにくい一方、口に近いので咳や血痰といった症状が出やすいのが特徴です。

大細胞がんを含めた非小細胞がんは手術の対象になります。

イレッサの問題点

イレッサ(一般名ゲフィチニブ)は次の2つのサイトに詳しく記述されています。

おくすり110番

gooヘルスケア

イレッサは後で説明する「分子標的薬」で、チロシンキナーゼという酵素を阻害するのが作用の本態です。この酵素は、がん細胞の増殖を促進させる働きが重要なので、その阻害でがんを抑制する理屈です。

非常によく効く人がいるのは間違いありませんが、現時点では個々の患者さんで効くか効かないかをあらかじめ見分ける方法は不明です。世界での多数例の検査では、「グループとしての延命効果はない」と結論が出ました。ただし、東洋人に限ると延命の可能性が否定できません。

対象となるのは、手術不能または再発の非小細胞がんです。理論的にはがん細胞にだけ作用するはずなのに、実際には重い肺障害や肝障害が高頻度に起こります。

ちなみに間質性肺炎は肺間質になってしまうと、それが治る過程で傷に線維が増殖して肺線維症となります。この状況は皮膚の傷の治った瘢がケロイドに盛り上がる状態が、肺に起こったのを想像してくださればわかります。

他の原因で間質性肺炎系の病気がある場合には、イレッサによる肺障害が起こりやすいと確認されています。しかし、別の病気でもこの薬物で肺の働きが障害されれば、両方の病気が呼吸を強く障害して生活が不自由になる危険もあります。

もう1つ言えるのは、副作用の強い薬物は他の薬物と干渉を起こしやすいということです。そのなかでも「作用が強くなる」要因としては、イレッサの代謝が悪くなって長期間効くことがあり、数種の薬物とグレープフルーツジュースに副作用があります。

逆に「作用が弱くなる」要因としては、他の薬物の常用によって「酵素誘導」で薬物の代謝酵素の活性が強くなります。そして、この酵素誘導がとくに起こりやすいグループとして抗けいれん薬(アレビアチン、テグレトール)が有名で、テグレトールは三叉神経痛などの特効薬としても使われます。この場合、イレッサの代謝が強くなってすぐに作用が切れるので、その点を医師に知らせる必要があります。

さらに、イレッサには抗血栓薬のワーファリンの作用を強めて、出血を生じたという報告があります。このワーファリンは、心臓弁膜症で人工弁を移植した人は常用する薬です。

がんを分子レベルで抑える治療

肺がん一般のことを述べた講演で、優れた記録が見つかりました。といっても先ほど「4種の肺がんの特徴」でも取り上げた「肺がんとはどのような病気か」と題した根来俊一さんのものです。

図が40ほどもあり、一般向けでわかりやすい内容のもので、抗がん剤一般と肺がんの問題を述べた後に分子標的治療薬を次のように説明しています。

《我々の敵であるがんも、実は簡単には大きくなれないのです。敵もいろんな工夫をしながら大きくなってきます》

がん細胞の増殖はいろいろな要素が必要であるということです。普通に考えるがんの遺伝子の異常以外に、がんの成長を支える栄養供給には血管新生が必要であり、がん細胞は血管新生を促す刺激因子を産生します。

次に、がんが「浸潤」するには周囲の正常組織を破壊する必要があり、遠隔転移するにはがん細胞が血管、リンパ管に侵入して他の部位に飛ぶ必要があり、さらに飛んだ先で血管に接着し、血管外に浸潤して増殖することが記されています。

こんな段階や要因にすべて化学物質が作用しており、それをがん細胞が産生します。そういう過程を詳しく検討して、その過程を分子レベルで抑えるのが分子標的治療で、それを行うのが分子標的治療薬です。

普通の抗がん剤が、比較的単純な「細胞毒」で、がんに効くだけでなく正常な細胞にも作用する危険性が高いのに対し、分子標的薬はがんにだけ効いて正常細胞に作用しないという狙いでつくられています。しかし、知識の不足などで、できたものが不完全で強い副作用が出てしまいそうです。

厚生労働省の議事録

イレッサの副作用に関して最も詳しく具体的な記述は、2002年末に厚生労働省で催された「ゲフィチニブ安全性検討会」の議事録でしょう。

イレッサの有効性は1万8000例くらいの使用で、27.5パーセントとなっています。ところがそのなかで、間質性肺炎などの報告が291例あり、死亡例が81例という数値が載っています。

実は、臨床試験の段階で間質性肺炎の報告が2例、死亡例が2例ありましたが、一般使用になってこれほど多数の報告になったわけです。

議事録は内容豊かですが、欠点が2つあります。1つは会場ではスライドを使って議論しているのに、公開された議事録には図が1つも載っていない点、もう1つは討論があまりに原文に近くて読みにくい点です。たとえば「……臓器であるということがございます」と表現しています。もっとすっきり書いてくださることを希望します。

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