個別化医療と抗がん剤 遺伝子解析がキーワード

文:諏訪邦夫(帝京大学八王子キャンパス)
発行:2007年3月
更新:2013年4月

  

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

FDAの解説から

FDA(アメリカのFood & Drug Administration、日本の厚生労働省のような機関) の解説の翻訳はこのテーマを大きくカバーしておりますので、まずそれを紹介します。

記述は、薬の作用に「個体差がある」事実の説明を冒頭におき、19世紀後半から20世紀初頭に活躍したカナダ出身の医師、オスラー博士がその点をとくに強調したと述べます。ついで選択の問題を、「適切な薬を」「適切な用量」「適切な用法で」「適切な時期に」「適切な患者へ」と述べます。

実例として「薬物代謝」の問題を挙げ、「薬を服用した後、その薬は身体の中で処理される。その際、薬物代謝酵素(DMEs) と呼ばれる一連の酵素が薬の分解を担う」が、その酵素は個人毎に異なった型や量で存在し、同じ薬でも体内での処理が個人で異なると説明します。

投与量を一定にしても、薬物の血中濃度にはかなりのばらつきがあり、グループとしてはそれが当然です。しかし、患者1人ひとりを見ると、濃度が高すぎる人や低すぎる人がおり、薬物代謝酵素の働きが個人毎に異なる要素が強く影響すると考えられます。

この差が小さければ重要視する必要もありません。しかし、差は10倍以上もあります。10分の1で効く患者に通常量を使うと、副作用の出る危険が高くなります。逆に、通常の5倍も必要な患者に通常量を使ったのでは効果は期待できません。

がん治療薬の場合、「確実に効いて欲しい」が「副作用も強い」ので、こういうばらつきは重大ですが、そうした作用の差に遺伝の要素があることがわかりはじめました。

適正投与量の決定は、従来は試行錯誤(トライアル・アンド・エラー)で行っています。しかし、抗がん剤の場合は時間や副作用の問題がきびしく、試行錯誤は不都合です。この点、遺伝子解析で代謝がわかれば、試行錯誤は不要か、少なくとも簡略化できます。

遺伝子の状況がわかれば、薬が危険な人を治療から除外したり、副作用を避けるべく投与量を減らせます。効果の出にくい人をみつけ、安全なら薬の量を増やすこともできます。

遺伝子を例にとりましたが、実は遺伝子がすべてではありません。現時点では遺伝子が20パーセント、年齢が15パーセント、他の酵素が8パーセント、性別が5パーセント、診断が5パーセント、その他の要因が47パーセントと分析されています。

薬物の例として、ハーセプチン(一般名トラスツズマブ)という乳がんの治療薬を挙げて説明します。

この薬は、がんで過剰発現してがん細胞の増殖を助長している細胞表面の受容体をブロックすることによってがんの発育を阻止して効果を発揮しますが、とくによく効く患者を鑑別できるようになってきました。同じことが、大腸がんの薬のアービタックス(一般名セツキシマブ)に関してもいえます。

日本製薬工業協会の頁から

日本製薬工業協会の頁の「遺伝子治療とくすり」というタイトルの解説に大変見事な図があります。言葉で説明すると次のようになります。

―従来の薬物治療では、2人の患者AさんとBさんと同じ薬を同じように使って、Aさんには効いたがBさんには効かないと判明した。それでBさんには別の薬を……という具合にステップを進めます。

ところが個別化医療では、まず遺伝子解析を行い、Aさんの代謝活性その他の問題と、Bさんの代謝活性その他の問題とを、各々分析して問題をあらかじめ洗い出しておきます。そうすると、AさんにはXの薬物をつかって効果を発揮し、BさんにはYの薬物をつかって効果を発揮するという具合に最初から選択できます―。

概念を図式化したもので、とくに凝った内容ではありませんが、明快な提示で感心しました。

具体的な薬の選択の例:イリノテカン投与量と遺伝子

FDAの頁にも例がありましたが、もう1つ別の例を挙げます。

カンプト(またはトポテシン。一般名イリノテカン)は、肺がんや転移性大腸がんに使用する抗がん剤で、植物由来の抗腫瘍性アルカロイドであるカンプトテシンから合成された抗悪性腫瘍薬です。トポイソメラーゼ―阻害作用が抗がん剤作用の本態で、作用は強くて薬として有用です。ただし、激しい下痢や骨髄抑制などの副作用があります。

2005年8月に、「インベーダーUGT1A1分子テスト」という遺伝子のテストをするキットがFDA の承認で販売が始まりました。UGT1A1遺伝子の変異を解析するテストのキットです。

このUGT1A1は患者によって変異が大きく、それが血中のイリノテカンの分解に大きく影響します。ふつうなら安全なイリノテカン投与量が、特定のUGT1A1の変異を持つ患者では極端な高用量となって副作用を招く危険があります。

あるデータでは、66人のイリノテカン投与患者を検査した結果、特定タイプの遺伝子変異をもつ患者で、イリノテカンの毒性が5倍も高いと判明しました。遺伝子の差がある上に、肝機能・年齢・腎機能・併用薬なども影響するので、投与量決定にはその点も考慮する必要があります。

ちなみに、このイリノテカン自体は日本でもヤクルトや第一製薬から製造販売されていますが、テストキットのほうは現時点では日本では販売されていません。

この他に、抗がん剤ではありませんが、黒人向けの心不全治療薬「バイディル」の販売が承認されました。「特定人種向けの薬の販売」は米国でも初めてで、やはり遺伝情報の個人差に基づく「個別化医療」の実現に1歩近づくものとしています。

ネット上にある情報の閉鎖性

今回、「個別化医療」を検討して気づいたことがあります。日本発の情報の閉鎖性です。

「有料」、「登録要求」、「テキスト化の拒否」などの制約のある情報が、日本語のサイトには散見します。しかし、現代には情報があふれ、このような制約のないサイトからも類似の情報が入手できることがあります。

自由で良質な情報があふれているインターネット上で、制約つき情報は読者には不便です。そうして「制限のない情報にアクセスできるから、制限付き情報は遠慮しよう」と反応する方も多いかと思われます。情報を提供する側は、この点をしっかり認識してほしいと思います。

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