食道がんの「名医」 チームをまとめる管理能力が不可欠

文:諏訪邦夫(帝京大学八王子キャンパス)
発行:2006年4月
更新:2013年4月

  

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

診断の名医と治療の名医と

トップに検索されたのは、「この病気にこの名医」という日刊スポーツのシリーズで【第155回】「検査は内視鏡が基本」が診断編、1つとんだ次の【第157回】「手術向上、5年生存率50%超」 が治療編です。いずれも、ジャーナリストの松井宏夫さんが担当され、内容は明快で具体的です。「何が問題か」を述べて、医師の具体的な名前も挙げています。

食道がんの診療が何故難しいのか、3つのポイントを、メカニズムの説明も加えて幕内博康さんが具体的に、数値まで上げて合理的に説明しています。幕内さんは、本来は外科医、それもとびきり腕のよい外科医ですが、その領域を超えて診断や術後管理の面など、いろいろな領域に広い認識をもつ方です。

「名医」のリストが、一般的には興味をもたれるところで、上記の2つの記事にも診断の名医が5名、胸腔鏡補助下食道がん手術の名医が5名挙がっています。

しかし、胸腔鏡補助下食道がん手術は食道がん手術としては対象が限定されるので、より一般的な手術の「名医」のリストが必要です。それを探したら、一応みつかりました。「内科医が推薦した手術がうまい外科医」という、週刊朝日2002年9月20日号に掲載されたもので、“内科医たちに、首都圏の「手術のうまい外科医」50人を選んでもらった”となっています 。リストは大きなものですが、その中に食道がん手術の人が4人選ばれています。

それから、もう1つ「ガンの名医100人」というタイトルの記事がありました 。どういう基準で、どんな手順で選んだのかは不明ですが、食道がん関係の医師が11人選ばれています。上記の、日刊スポーツと週刊朝日の記事はいずれも「首都圏」に限定されているのに対して、このリストには名古屋とその周辺および関西地区も含んでいます。

食道がんの多面性

本誌でも扱われたことがありますが、食道がんのことを読んだり勉強すると、この病気の実に厄介な点があらためてわかります。幕内さんが明快に指摘しているように、「通常の検診で見つけにくい」、「症状がない早期がんの段階でリンパ節転移して、腹部など遠くに及ぶ」、そうして「手術も難しい。具体的には時間がかかり、患者の体力も要する」などの点です。上記の名医リストにしばしば「術後管理」とか「合併症」という用語が登場しますが、なにしろ食道がんの手術は「直接死亡」(手術後4週間以内か、退院する前の死亡)が2パーセントくらいはあるもので、心臓手術の代表である冠状動脈バイパス手術よりも成績が悪いくらいです。

時間がかかるから、手の速い上手な術者であることはもちろん必要ですが、一方でただ「うまい術者1人」ではダメで、術後管理を上手に進めるチームを持っていなくてはなりません。外科医は腕をみがくだけでなくて、チームをまとめて動かしていく管理能力も必要なのです。これ以上の詳しい説明は、一般の方々にはわかりにくいと思うのでここまでにしておきますが、もし興味のある方は、たとえば前述幕内さんが比較的最近書かれた『いちばん新しい食道がんの本』(二見書房、税込1995円) などを参照して下さい。情報の量から考えると、むしろ安い本でしょう。

患者の経験の公開と人間関係の問題

食道がんの領域にも、患者さんがご自分の経験を公開している頁があって、経過がよくわかります。「ガン病棟からの脱出」―新たなる勝利者たち―というタイトルのうちで、食道がんをあつかっているものです。

九州在住の58歳の男性で、ステージ0~1でみつかり、2004年8月に症状に気づきましたが、当初は重大視せず10月半ばにようやく受診して19日の検査で「一応食道がんの疑い濃厚」となり、すぐに幕内さんの本を読んでいます。10月22日には診断確定、ここまでは九州の病院ですが、ここから念のために東海大学の幕内さんの診察を受けました。言ってみれば“セカンドオピニオン”ということでしょう。幕内さんの意見は、「本来なら手術だが、それを望まないなら、がんセンター東病院(千葉県柏市)で放射線治療がよい」ということで、そちらを採用しました。その後の治療の詳しい記述があり、2004年12月半ばに一応治療が完了して退院していますが、もちろん定期的なチェックが必要という状態です。

もう1人、別の患者さんの記録で某大学病院を受診してみたが、気に入らなくて別の大学病院の受診にかえたいきさつが細かに記録されています。医師の私からみると、医師側に同情する気持ちもおこる内容ですが、患者さん側が不満に思うのも無理はないでしょうか 。上と同じ「ガン病棟からの脱出」というタイトルの記事ですが、こちらは「病気が治って脱出」ではなくて、結果的には「こんなのは御免」という意味での脱出を意味しています。

このあたりは、患者も医師も互いに理解がたりない面がありますが、とくに大きな病気や長いつきあいの病気の場合、結局それは「人間関係」です。これはスーパーマーケットで商品を買うのとは違います。馬が合わず、どうしても仲好くはなれない場合もあって当然です。「医療担当者はどの患者さんにも親切にすべき」と主張はできても、世の中でも誰とでも仲好くできる人もいる一方で、好き嫌いの強い医師もおり、患者さんにもいます。建前通りには動きません。その場合に医師側は勤務先を変えませんから、患者さんのほうが「馬の合う」医師をもとめて転医・転院するのが合理的な道です。

前述の九州の患者さんの場合、人間関係の問題でなくて純粋に診察の方針に疑問を抱いて、東海大学を受診し、そこで次善の道を教えられてそちらに進みました。要するに治療への参加者全員が真面目に考え真面目に対応して、一応満足のいく診療の道に辿り着きました。 食道がんの治療はそのくらい大変です。虫垂切除なら「自転車の購入」程度の決断でよいでしょうが、食道がんの治療は「家を買う」くらいに慎重な対応が必要といいましょうか。

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