大腸がんとファイバースコープ検査 合併症についての記載はやや不足している

文:諏訪邦夫(帝京大学八王子キャンパス)
発行:2006年1月
更新:2019年7月

  

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

便潜血陽性→大腸ファイバースコープは妥当な道か

まず、「便潜血陽性」がみつかって「大腸ファイバースコープを受ける」のが妥当か検討します。

Aさんは、「便潜血陽性は、前日ステーキを食べても出る」と友人に言われました。ステーキに含まれている牛の血液や似た物質であるミオグロビンを鑑別できないとの理屈です。この点は、島根県環境保健公社の頁が明確に否定しています。

それによると、以前はそういう事実もあったが、現在では「免疫便潜血反応といって人の血液(ヘモグロビン)とだけ反応する検査法が行われる」ので、鑑別は完全に近く、前日に何を食べても「出血だけを確実にみつける」由です。

次は、数や頻度の問題です。Aさんはこう考えました。「便潜血陽性者1万人に大腸ファイバー検査を施行して、がんその他の重大な病気のみつかる頻度が1人未満なら「万一」未満だから受けないでおこう。しかし、その10倍以上つまり1万人で10人以上みつかるならこの検査を受けよう」というのです。

Aさんのこの疑問に対しても、前記の頁が明確に答えています。便潜血陽性者でのがん発見率は0.10~0.15パーセント、つまり千人に1~1.5人です。便潜血陽性率が5~10パーセントと組み合わせると、検診1万人で大腸がん発見数は少なくて5人、多くて15人となります。

この数値をみて、Aさんは大腸ファイバースコープ検査を受けようと一応決断しました。

大腸ファイバースコープの合併症

前記の数値以外に、Aさんがもう1つ気にしていたのは「大腸ファイバースコープの合併症」です。少しつらい検査ではありますが、その「つらい」点は我慢するとして、いつか新聞で読んだ「腸をつきやぶる事故の率」を知りたいと考えます。

ところが、この数値がどうしてもみつかりません。代表的なサイトである国立がん研究センターの「大腸がん」には、「腸穿孔などの合併症が発生することもある」と書いてあるだけです。他にもいろいろ探しましたが、発生率がどこにも書いてありません。
わずかに「野崎病院」のサイトに「今までのところ出血、穿孔などの合併症は1例もない」とありますが、「何例施行したのか」書いてないので、はっきりとした評価はできません。

この点が、Aさんには納得できません。医師の話では、日本中の検診数は年間100万件をはるかに超えるといいます。島根県環境保健公社の発表している数値の小さいほうの5パーセントを当てはめても、年間に5万件の大腸ファイバースコープが行われている計算です。大腸がんの患者発生は年間10万件、死亡数が3万程度というデータもあるので、前の島根県環境保健公社の数値を逆に当てはめて、検査の0.1パーセントにがんがあったとすると1億件という途方もない数がでます。

ファイバー検査受診数が仮に年間5万件としても、10年なら50万件です。50万件行って、出血や穿孔は1~2件でしょうか、10件でしょうか、それとも100件でしょうか。100件なら5000件に1件の率です。国立がん研究センターの解説は、「合併症発生の危険性に触れているだけ良心的」ですが、こうした数値も発表して欲しいと考えます。

ともあれこの問題は解決できないので、Aさんはあきらめて、「上手な人に」頼んで、大腸ファイバースコープ検査を受けて下行結腸にがんがみつかりました。1000人に1人のほうに当たってしまったわけです。

手術を受けて:5年生存率の問題

Aさんは、それまで1日20本ほどの喫煙を40年近くも続けていましたが、これは厳しく止められて、術前1週間以上禁煙しました。肺機能は、努力肺活量と1秒量がいずれも年齢の予測値の下限をわずかに下回っていましたが、その度合いは軽いので「術後の肺合併症の発生頻度が少し高いかもしれない」といわれただけでした。

がんは大腸壁内にとどまり、手術は比較的単純な大腸部分切除で済み、手術時間も短く出血量も少なく、もちろん輸血も不要でした。術後、咳と痰に苦しみ喫煙を後悔しましたが、肺炎などの肺合併症は起りませんでした。術者の説明によると、大腸がんの手術は胃がんよりは肺炎や無気肺などの肺合併症は起りにくい由です。国立がん研究センターの成績では、大腸壁内にとどまっており、大腸がん分類で1期ないしデュークス分類のAの場合、5年生存率は95パーセント程度となっています。ただし、何例の統計に基づくかの記述がありません。
前述の坪井病院の発表は少し詳しくて、「1986年から2001年までの16年間(内視鏡治療例は、1993年から2000年まで8年間の集計)に治療した大腸がんの症例は1205例」となっています。

そうして、デュークス分類Aで5年生存率が97.2パーセント、10年生存率が94.3パーセントとしています。1期の数値は少しだけ異なり、5年生存率と10年生存率がいずれも97.1パーセントとなっています。

日経BPの「がんと闘う 第1回 がん診療拠点病院の治療成績を読む」では、数多くの病院の統計を扱って、1期の大腸がんの5年生存率の全国平均は85.8パーセントとしています。「武蔵野赤十字病院、高知県立中央病院、九州がんセンターなどが比較的高い成績を示している。一方で、鳥取県立厚生病院などの成績は振るわない(標準的な成績に対して統計学的に有意な差があるかどうかは、さらなる分析必要)」と文章で述べています。

大変残念なことに、このサイトには現在は施設ごとの表が掲載されていません。表のスペースはあるが空欄です。何か事情があって、掲載を止めたと推測します。

記事の著者、日経メディカルの埴岡健一さんは、5年生存率について次の注意を促しています。

症例数:数が少なければ、その生存率は統計学的には確実度が低い。 網羅性:外来患者や手術しなかった患者も含むか否か。消息不明率はどの程度か。こうした点によって、生存率は上下する。 消息不明患者の扱い:母数から除いたか、すべて生存と仮定したか、半分を生存と仮定したか、消息が分かる患者と同じ生存率と仮定したか。 生存率の計算法:5年を過ぎた患者だけ集計したか、5年未満の患者も計算に入れて、統計学的な処理をしたか。5年未満の患者も計算に入れれば、数値は高めに出る場合がある。

重要で明快な指摘です。そうして、大抵の場合はこれらの因子は不明確なままです。国立がん研究センターの統計でさえ、症例数が載っていないことを前に述べました。

ともあれ、Aさんが5年後も元気であることを祈ります。その可能性は低くはないでしょう。

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