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飲酒とがん
飲酒もがんの原因になる
すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。
喫煙とがんとの関係は、疑う余地がありませんが、飲酒とがんの関係はどうでしょうか。私自身が酒好きなので、調べてみました。飲酒に関連して起こるがんを、「飲酒関連がん」と呼ぶルールのようです。厚生労働省の調査が充実していたので、今号はそれを中心に紹介します。
厚生労働省の大規模な疫学調査
健康全般について、厚生労働省が疫学調査をしています。
1990年から2000年までの10年間に、日本各地から抽出した箇所で14万人を対象としたコホート研究で、飲酒とがんの関係も含まれています。
「コホート研究」とは、テーマを決めて、病気と発生要因の関連を一定期間追跡観察し、両群の発生率や死亡率を比較する手法です。
たとえば、「飲酒とがんの関係」の場合、「がんの発生率や死亡率が、飲酒する群としない群でどう異なるか」を追跡します。
上記調査は「多目的コホート研究」で、「飲酒量との関係」「喫煙との関係」「飲酒して喫煙もする場合」「野菜の摂取」「肥満」など、対象の狙いがいろいろなので、「多目的」と呼んでいます。ちなみに、コホートは古い軍隊用語の由。
この調査は、70項目ほどにわたり、情報は満載です。個々の項目を示す大きな表がまずあり、ここから興味のあるテーマをたどれます。各項目が、「概要」(数頁の文章と少数の図)と「詳細」(スライド風の多数の図と文章)に分かれます。項目の第1が飲酒とがん死亡、第4が飲酒とがん死亡に喫煙の加わった分析です。
飲酒関連がんの死亡率は飲酒量で増加
「時々飲む人」(月に1~3日程度)を基準とすると、2日に1合程度以上の飲酒習慣がある人の死亡率は高くなります。率自体の上昇は高くはありませんが、飲酒量増加で死亡率上昇の傾向もあります。
がんの種類として、口腔・喉頭・咽頭・食道など、飲んだお酒が最初に通過する部位と、胃から体に吸収されたアルコールを分解する働きをする肝臓に発生するものが増加します。
今回の調査では、「まったく飲まない人達」の死亡率は上記の「時々飲む人」(月に1~3日)より、がん死亡率が高くなっていました。この結果を、「お酒を時々飲むことが、がんの予防につながった」と解釈することも一応可能です。しかし、そうした解釈よりも「まったく飲まない」グループに、以前は飲んでいたけれども健康を害して飲酒を止めた人、身体が悪くて飲めない人が含まれる故との解釈も可能です。
一方、このコホート研究の結果、酒飲みは高血圧・脳卒中・肝硬変・アルコール依存症など他の重大な病気の原因と判明したので、「毎日飲むなら量は1日平均で1合くらいまで、アルコール量で30mlまで」と結論しています。
飲酒+喫煙ががん死亡率に及ぼす影響
次に、飲酒に喫煙が組み合わさった場合の結果も分析しています。これについては、とくに胃がんと大腸がんを詳しく分析した項目もありますが、それはここでは略して全体だけを示します。
非喫煙者では飲酒量が増えてもがんの死亡率の上昇は軽度ですが、喫煙者では飲酒量が増えるとがん死亡率もしっかり上昇します。
「お酒を少し飲む人」(1日1合まで、アルコールで30ml弱)では、「喫煙ががん死亡を高める」効果ははっきりしません。しかし一方、喫煙者では、「飲酒ががん死亡率を高める」効果は明らかです。「飲酒関連がん」以外のがんでは、喫煙者と非喫煙者で結果が違いました。飲酒関連がんの死亡率は、非喫煙者では飲酒量が増えてもほとんど高くなりませんが、喫煙者では飲酒量が増えるにつれてがん死亡率も高くなりました。時々飲む人と比べて、毎日2合の人は2.7倍、毎日4合の人は3.6倍ほど死亡率が高いと判明しました。
「飲酒関連がん」ではないはずのがん、上記の口腔から食道までのがんと肝臓のがん以外のがんで、その死亡率が喫煙者では飲酒により高くなります。理由やメカニズムは不明ですが、「アルコールを分解する酵素が、たばこの煙に含まれる発がん物質を活性化する作用があるのかもしれない」と専門家は分析しています。
酒とたばこががんを起こすメカニズムを、このレポートはこう述べます。「お酒に含まれているエタノールは分解されてアセトアルデヒドになる。
お酒を飲むと顔が赤くなる、気分が悪くなる、頭痛がするなどの原因物質で、がんの発生にかかわる。さらに、アセトアルデヒドが分解される際に活性酸素が出て、細胞の中の核酸(DNA)を作るのに必要な葉酸という物質を破壊する。DNAの合成や傷ついたDNAの修復が不良となり、がんを起こす。たばこの煙には、多くの発がん性物質が多く含まれ、たばこの煙が直接触れない部位のがんも発生しやすくなる」というのです。
飲酒とがん発生の関係
以上2つの項目では、「がんによる死亡」を扱いましたが、同じ研究の22番目のレポートは飲酒とがんの「発生率」を分析しています。場所は岩手県二戸市その他9つの保健所管内の住民で、40~59歳の7万3千人が対象です。
男性の70パーセントはほぼ毎日飲酒し、一方女性で毎日飲酒は12パーセントです。それで調査開始時の飲酒の程度により、6つのグループに分け、その後のがん全体の発生率を比較して10年間追跡調査をしました。
調査対象者7万3千人で、3千5百人が何かのがんになりました。「時々飲酒グループ」を基準として比率を計算すると、日本酒1日2合未満のグループではがん全体の発生率は高くはありません。しかし2~3合のグループではがん全体の発生率が1.4倍に、3合以上のグループでは1.6倍になりました。この量について、「平均1日2合以上のような多量飲酒ではがんになる。それを避ければ、がん発生は13パーセント低下する」と結論しています。これが当てはまるのは男性だけで、女性は飲酒者が少なくて結論が出ません。
喫煙が加わった場合のがん発生も喫煙で助長され、とくに飲酒関連がんに喫煙が加わると発生率が大幅に増加しました。
結論として、飲酒はがんの原因になります。とくに1日2合以上(アルコールで55ml以上)は確実にがんを発生させ、死亡率も高めるので、「酒は百薬の長」はがんには当てはまりません。「それでは酒を止めよう」とはいかない点が、人間の哀しいところではあります。
他に最新のニュースとして、アルコール→アセトアルデヒド→分解して酢酸にする2つの酵素が遺伝的に不足している人では、飲酒でがんが起こりやすいとの結論が日本と外国で出ています。