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がん治療と再生医療
再生医療はがん治療の突破口でもあるが、発がんの危険性も
すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。
「再生医療」というテーマを、学習する機会がありました。再生医療の中で、広範囲の火傷などによる大きな皮膚の欠損をおぎなうための皮膚の培養はすでに十分に実用レベルです。しかし、この再生医療が「がんの治療」とどう関係するのかについてはどうも明確ではありません。
再生医療による発がんの危険性
再生医療については、「がんで失われた組織を再生医療でとりかえす」など、乳腺切除後の乳房再生などをイメージしていました。
インターネットを調べたところ、最初にみつかったのが意外にも、再生医療による発がんの可能性(危険性)を問題提起した記事(ホームページ(HP)タイトル:夢の治療法「再生医療」が抱える「発がんリスク」)でした。
HPでは、外科医の藤本二郎さん(千船病院)による「再生医療の話題は大変希望に満ちた明るいニュースですが、臨床応用には培養細胞を用います。この培養という操作が、細胞の発がんを促進するのではないかと考える次第です」との発言を紹介しています。
最初にこの文章を読んだときは、とくに悪い面だけを誇張しているのか、この方が特別にペシミスティック(悲観的)な物の見方をされるのかと邪推しました。
しかし調べていくうちに決してそんなことはなく、妥当な懸念と判明しました。
「がん幹細胞」とは?
私が最初に学習した資料には、再生医療のこうした負の面を指摘した文章がなかったので、もう少し検索し、「がん幹細胞」という用語をみつけました。上手に解説しているのは、金沢大学のもの(HPタイトル:わたしたちの研究)です。
そもそも、この「がん幹細胞」を私は知らなかったのですが、いろいろ読んで理解できました。
このがん幹細胞は、最初は1970年代に仮説として概念が発表されましたが1990年代の末にまず急性骨髄性白血病に対して実際に発見され、今世紀に入っていろいろながんで実在が確認されたということです。
金沢大学の記事はちょうど私のこの文章くらいの量で、テーマごとに分類されていて、要領のよい説明になっています。
幹細胞とがん幹細胞の共通点
ところで、藤本さんのいう「培養細胞のがん化」は、上記金沢大学の記事が上手に解説しており、「幹細胞は、分裂して自分と同じ細胞を作り出すことができ(自己複製能)、またいろいろな細胞に分化できる(多分化能)という二つの重要な性質を持ち、この性質により傷ついた組織を修復したり、成長期に組織を大きくしたりする」けれども、これはとりもなおさずがんの性質だと指摘します。それだけに、一般のがん細胞以上にがん幹細胞は暴走しやすく、また暴走すると危険だと述べています。
そこでは、「組織の幹細胞の制御機構の特徴」を説明して、「幹細胞といっても通常は細胞周期の上では静止状態(G0期)で、活動性は低い」のに対して、「がん幹細胞は活動性の高いものが多い」として差を説明します。
これと関連して、国立がん研究センターのホームページに「テロメレースとがん性幹細胞」という記事があります。
テロメレースは、寿命を決めるテロメアDNAにあらたにテロメアDNAを付加する酵素ですから、つまり寿命を延ばす作用があります。この酵素の活性は、一般の細胞では高くないので寿命が有限なのに対して、幹細胞では高いので、つまり寿命が長いということです。
がんセンターでは、がん細胞のこのテロメレースの活性などを研究していると報告していますが、結論は出していません。
「幹細胞を作れば解決」ではない
こんなことを調べてみて、『なるほど幹細胞も、山中氏(京都大学再生医科学研究所・山中伸弥教授)のiPS細胞(万能細胞)も大きなステップではあるが、再生医療を一挙に推し進めるものではないらしい』ということが、ようやくぼんやりとわかりました。
それを明快に示しているのが、生物学者福岡伸一氏の「究極のがん治療」と題する文章です。年初に発表されたもので、現物には当然著作権があり、引用しか入手できません(HPタイトル:ネバーランド「福岡伸一先生の 究極のがん治療」より)。
内容は、一見詩のようなスタイルをとっていますが、意味はよくわかります。一部だけ引用します。
「無個性なまま、永遠の自分探しを続ける旅人
それがいわゆるES(胚性幹)細胞である
問題はいかにして彼に自分の天命を知らせるかである
これができれば人は再生医療の魔法を手に入れることになる
ES細胞が取り出された元の場所
つまり発生途上の胚の中では
細胞たちが増殖しつつ
互いに緊密に接触し
情報交換をしながら自分が将来何になるべきかの
取り決めがなされていく
だからES細胞に適切な情報が与えられすれば
ES細胞は
脳細胞にでも
心臓の細胞にでもなりうるはずである
問題はその情報だ
顕微鏡下の微細な操作によって
ES細胞を胚の内部に戻してやると
ES細胞は前後左右上下の細胞たちと会話を回復して
自分の将来を知り何者かになる
しかし現在のところそれを自由に制御することはできない
ES細胞が何になるか運次第だ
しかもタイミングがきわめてクリティカルなのだ」
再生医療への評価
最後に、このテーマに関する私自身の評価を述べます。たとえ「がん化の危険はあるとしても」心不全に対する細胞移植、肝やすい臓への幹細胞移植などは、余命の乏しい生命を永らえさせる処置ですから、それでも十分に存在価値があると評価します。あるいは、脳や脊髄の機能障害への幹細胞移植などは、生命延長のメリットは乏しくても生活上のメリットが大きいはずです。
私が患者なら、がん化の危険を侵してもこうした治療を選ぶかもしれません。
しかし、一方で「がん化の可能性があるなら避けよう」という状況もいろいろ想像できます。重症度が低い場合や別の治療方法がある場合、がんの危険を侵すのは割に合いません。
幹細胞やiPS細胞を用いた治療は、がん治療の大きな突破口を開く技術ではあります。だからといって、これを実現できればそれだけで医療が大きく進んで問題解決、とは必ずしもいかない点が、人間の複雑なところと一応理解できました。