腸内細菌とがん
腸内細菌が発がん物質を産生するか

文:諏訪邦夫(帝京大学幡ヶ谷キャンパス)
発行:2009年5月
更新:2015年9月

  

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

腸内細菌と、がんの関係を調べてみました。腸内細菌が、発がん物質を産生するとの話を読んだからです。調べてみると、荒唐無稽どころか興味深い話です。腸内細菌を善玉菌と悪玉菌とに分けるのは、比較的普遍的な考え方で「悪玉腸内細菌が大腸がんを引き起こす」とも書いてありました。

腸内細菌の善玉菌と悪玉菌

善玉菌とは乳酸菌やビフィズス菌のことで発酵を促す傾向が強く、悪玉菌はウエルシュ菌、大腸菌などで腐敗を促す傾向が強く、この悪玉菌が大腸がんに関係するといわれています。

理屈は、こうです。たんぱく質が分解するとアミン(アミノ酸の分子の一部が酵素などの作用を受けて変化したもの)ができますが、それが野菜などからできる亜硝酸塩と反応してニトロサミンという発がん性物質を生みます。したがって、悪玉菌は発がん物質を産生するというのです。この他に、脂肪から肝臓が作って腸に分泌する胆汁酸を、悪玉菌が二次胆汁酸という物質を作り、これが大腸の壁を傷つけ、上記のニトロサミンが作用しやすくするともいいます。

腸内細菌を善玉菌と悪玉菌に分ける考え方は、メチニコフ(科学者)が発表した「自家中毒説」に基づくもので、当時長寿国であったブルガリアでヨーグルトが摂食されていることを見出し、そこから分離した乳酸菌(ブルガリア菌)を摂取することによって、腸内の腐敗物質が減少することを確認したといいます。

この説は現在もある程度信奉されており、日本では科学的根拠(エビデンス)がある特定保健用食品(トクホ)に食品機能の表示が認可されていますが、この認可された食品としてヨーグルトがあります。乳酸菌を含み、食品の摂取によって便秘や下痢が改善し、善玉菌に分類される菌が増殖して有機酸が増え、悪玉菌が減少し、アンモニアが減ったため腸内環境が改善されたことを示しているといいます。

メチニコフは、1908年にノーベル医学生理学賞を受賞。乳酸菌の摂取で寿命が延びるという説はノーベル賞とは無関係ですが、ともかく「偉い人の言い分」として脚光を浴びました。

その後の研究によると、乳酸菌は大部分が胃で殺菌されて腸には到達しないので、以前ほどは重要視されません。でも、「少しでも腸に到達する」ことが重要なのかもしれません。

もう少し綿密な説

腸内細菌を善玉菌と悪玉菌とに分けるのは、あまりに単純すぎるというのが現在の動向のようです(ホームページ(HP):シンポジウム「腸内細菌と健康」)。

以下は理研の光岡知足さんらの説で、「腸内細菌の大半は、毒素を出して病気や老化に関係する悪玉菌だが、ビフィズス菌などの善玉菌が15パーセント位は必要で、これが体外から侵入する病原菌の感染を防御し、腸内環境を整えて大腸がんや乳がんを予防する」としています。病気の治療で抗生物質を使用すると「菌交代現象」というのがおこって腸内細菌のバランスが崩れるけれど、ビフィズス菌が15パーセントあれば副作用は軽くすむそうです。一方、老年期になって、ビフィズス菌が減って悪玉菌が増えるのを光岡氏らは「腸内細菌の老化現象」と呼び、お腹が張り、便のにおいが強まり、老化やがんが促されると述べます。ネズミの実験では無菌状態が一番長命で、悪玉菌がいてビフィズス菌のいないネズミが最も短命、ビフィズス菌がいれば寿命がかなり維持できます。もう1つ、成人病(生活習慣病)は食物繊維不足と関係し、多く摂れば善玉菌が増え、減れば悪玉菌優勢になるので、特定保健食品のオリゴ糖やヨーグルトの効果を強調しています。

同じ頁で別の方の主張ですが、日本人は70歳以上になると半数以上の大腸にポリープ(腺腫)がおこり、この発生頻度はアメリカ人と同じですが、死亡率ではアメリカ人が高いのに日本人では低く、手術後の成績も非常に良いそうで、ポリープの発育を促進させる物質が日本人には少なく、その理由は食品にあると主張しています。

がんと直接関係はありませんが、同じ頁で次の考え方が紹介されています。パプアニューギニアの2000~3000m級の山々が連なる高地に住む人たちは、低たんぱく食でイモを主食としているのに、筋骨隆々なのだそうです。この人たちの腸内には、空気中の窒素を固定する腸内細菌が住んでいるというのです。

大豆などの根粒バクテリア(細菌)は空中窒素を固定する能力があり、それ故に大豆は窒素肥料なしにたんぱく質を生成できますが、パプアニューギニアの人たちはこれを腸内にもつとの説です。私(諏訪)の知識では、この点についてWHOが調査し、結局現時点では決定的に支持も否定もできないまま終わったということでしたが、興味深いのは事実です。

腸内細菌の利用について

「大腸菌」というと、一昔前は食中毒との関係が中心でしたが、現在ではバイオエンジニアリングに使われる細菌の代表格です。
それに関連して次の質問がありました。「大腸菌の中でヒトのDNA(遺伝子の本体)が正しく複製できるのは何故か。大腸菌の分裂の際に、人間の塩基構造が何故正しくコピーされるのか。変異は生じないのでしょうか?」というのです(HP:サイエンス・カフェ札幌「今さら聞ける!?DNA」)。これに対して、寺前さんという方が応えています。

「大腸菌は原核生物で、その遺伝情報のDNAが核という構造体の中でなくて細胞の中に裸で存在しています。

大腸菌が、DNAから蛋白質を作り出す際、自分のDNAかよそから来たDNAかを区別しません。外から入ってきたヒトインスリン遺伝子を、大腸菌は自分のDNAか、そうでないかを区別せずに蛋白質を作り出します。DNAの変異が起こる可能性はありますが、常に修復するされているので大丈夫です。大腸菌からヒトインスリンを取り出すとき、ヒトインスリンとだけ反応する物質を用いるので、変異で生じた変な蛋白質は除かれます」

むずかしい理屈ではありますが、理解はできます。

腸内細菌の全体像

最後に、少し古いのですが『理研ニュースFebruary 2004号』(HP)記事を紹介します。

腸内細菌の全体像を描いた充実した記事で、図も多数載っています。「腸内細菌の全体像をつかみ、予防医学に役立てる」というタイトルです。

要約すると、「ヒトの体には、500種類以上の腸内細菌が住み全重量は約1.5kg。ふん便に排出される細菌数は、乾燥ふん便1g当たり1兆個。そのうち培養可能なものは20%もないが、現在のDNA解析技術で、培養しなくても分析が可能になった。こうして、分析対象が大幅に拡大している。

大腸がんが何故増加しているのか、一部は検出技術の進歩によるのだろうが、それだけでは説明がつかない要素もある。これが興味深いテーマだ」ということです。

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