遺伝子解析でさらに踏み込んだ治療へ トリプルネガティブ乳がんへの挑戦
トリプルネガティブ乳がん(TNBC)と言えば、「治療法が少ない」「予後が悪い」というイメージが先行しがちだが、それは生物学的特徴の異なるがんが集められた集団だからという考え方もできる。そこに切り込んで、個々人に合った治療を検討する動きが加速している。遺伝子解析によりトリプルネガティブをさらにサブタイプに分類して治療に結び付けようという研究の最前線を取材した。
「特徴がない」が〝定義〟のサブタイプ
トリプルネガティブ乳がんは、乳がんをホルモン受容体(HR)とがん細胞上のHER2発現の有無に着目してサブタイプに分けた場合に、どちらも「ない」というがんが分類されたもの。乳がん全体の10~20%ほどを占め、若年層に多い。
エストロゲン、プロゲステロンというホルモンに対する受容体が「陽性(+)」ならばホルモン療法を選び、HER2発現が「陽性」ならば抗HER2薬である分子標的薬で治療するのが標準だ。しかし、トリプルネガティブには両方とも「陰性(-)」なのでそれらの治療も効果が望めず、手術と術前術後の殺細胞性薬剤による化学療法が基本となっている。明確な治療の標的が見極められていないことが最大の問題だ。
「何か特徴があるからトリプルネガティブ乳がんに分類されたのではなく、その他雑多な乳がんが分類されているのです。漠然と予後が悪い乳がんで、化学療法しか治療法がないというイメージが一般的ですが、近年、トリプルネガティブ乳がんは1つに括れずに、いろいろなタイプがあることがわかって来ました。それをきちんと分類してそれぞれに合った、副作用が少なくて、より効果のある治療を探す動きが加速しています」と、トリプルネガティブ乳がんの解析に詳しい昭和大学病院ブレストセンター乳腺外科助教の増田紘子さんは話す。
同じ化学療法が効いたり、効かなかったり
トリプルネガティブ乳がんの多様性の一例を挙げると、化学療法を行ったときの奏効率に差が出ることがある。標準治療であるアンスラサイクリン系薬剤とタキサン系薬剤の併用により、他のサブタイプよりも多い30~40%のpCR(病理学的完全奏効)率を得ることが可能で、pCRが得られた場合、予後(よご)も他タイプと同様に良好な経過をたどるが、pCRに至らなかった症例は他タイプよりも予後不良になる(図1)。また、高い奏効率を示す一方で、術前化学療法(ネオアジュバント療法)中にPD(進行)となる症例が約10%と多くみられるのも特徴だ。
これらの多様性に対し、遺伝子の面からアプローチして解明しようという研究が進んでいる。進化が著しい網羅的遺伝子解析技術を用いて、遺伝子の特徴によって複数のサブタイプに分類することが可能になった。サブタイプごとに治療効果の期待できる薬剤を選び、個別化医療につなげるのが最終的な目標となる。
臨床に生かせる分類を
その解析とサブタイプの分類に世界各国の研究者たちが取り組んでいる。増田さんも米国MDアンダーソンがんセンターで2年にわたって実際の解析に当たっていた。
「m (メッセンジャー) RNA(タンパク質合成の遺伝情報を写し取って伝えるRNA)を解析し、分類していこうという研究です。紆余曲折はありましたが、臨床に向けて意味のある研究だとわかって来ている段階です」
研究は、約3万の網羅的遺伝子解析が可能なマイクロアレイ解析により行われている。複数の研究者たちにより分類法が発表されており、その分類数にさえ差があるのが現状だ。(図2)はそのうちの1つ、Lehmannらの7分子サブタイプ分類に基づいて、増田さんらが行ったトリプルネガティブ乳がんにおける、アンスラサイクリン系+タキサン系薬剤の術前化学療法の治療効果の検討結果を示したものだ。
pCR:病理学的完全奏効 Non-pCR:非病理学的完全奏効 pCR rate:病理学的完全奏効率 P-value:p値
そして、増田さんらは、こうした異なる分類法を集約し、より簡略化した下記のような分類法を構築した。すなわち、生物学的特徴として、Basal-like(基底膜細胞様:遺伝子修復機能不全状態のもの/そうでないもの)、Mesenchymal(間葉系)、Luminal Androgen Receptor(LAR、管腔アンドロゲン受容体系)、Immunomodulatory(免疫調節系)の4グループがあるとするものだ(図3)。
「統計学的(生物数学的)に分けようと思えば、いくつもの方法がありますが、臨床に戻したときにどれだけ意義があるかということを考えると、現時点では他の研究にあるように7つに分類しても治療方針の決定や予後予測に意味があるとは思えません」
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