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術前化学療法で3~5割の患者さんのがんが消えている!
新たな選択肢も!最新トリプルネガティブ治療

監修:杉江知治 京都大学大学院医学研究科外科学講座乳腺外科准教授
取材・文:増山育子
発行:2012年8月
更新:2013年4月

  
杉江知治さん
トリプルネガティブにも
個別化治療が期待されると話す
杉江知治さん

薬物治療の方法が限られ、予後が思わしくないとされるトリプルネティブ乳がんだが、最近は、抗がん剤によく反応するタイプが明らかになり、年齢による効果的な薬剤の使い分けも見えてきた。
術前、再発・転移時の治療として、どの薬剤をどう使ったらいいか、効果的な選択は? 期待される新規治療は? 最新情報を紹介する。

実は著効例も多いトリプルネガティブ

[図1 トリプルネガティブ乳がんとは?]
図1 トリプルネガティブ乳がんとは?
 
[図2 トリプルネガティブ乳がんの5タイプ]
図2 トリプルネガティブ乳がんの5タイプ

トリプルネガティブタイプの遺伝子を調べると、このような5種類のタイプに分かれる。あくまでこれは、遺伝子解析にもとづいた分類で、乳がん全体の病理診断上のタイプ分け(図7)とは異なるものである。乳がんの遺伝子解析はさらに進歩していく

[図3 術前化学療法で完全奏効となった人の率](単位:%)
図3 術前化学療法で完全奏効となった人の率(単位:%)

Liedtke C, et al :J.Clin.Oncol.26 : 1275-1281,2008を一部改変

[図4 術前化学療法で完全奏効となった人の生存率]
図4 術前化学療法で完全奏効となった人の生存率

Liedtke C, et al :J.Clin.Oncol.26 : 1275-1281,2008

乳がん細胞の約70%は、2種類のホルモン受容体(エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体)をもち、15%にHER2という膜タンパクを発現している。しかしこれら3種類のどの分子ももたない乳がんがある。これを3つの分子が陰性という意味から、「トリプルネガティブ」と呼んでいる(図1)。

トリプルネガティブ乳がんはホルモン療法の対象とならず、抗HER2療法も効果がない。薬物治療は化学療法のみだ。

また、手術後2~3年の早期に再発することが多く、肝臓や肺、脳への転移や局所再発、もう片方の乳房に新たながんが発生することも多い。したがってトリプルネガティブの予後は厳しいのが現状だ。

一方で、トリプルネガティブ乳がんには、抗がん剤が非常によく効くタイプがあり、術前化学療法によってがんが完全に消える患者さんの割合が、トリプルネガティブ以外の乳がんと比べて高いことが知られている。

京都大学大学院医学研究科外科学講座乳腺外科学准教授の杉江知治さんは、次のように説明する。

「乳がんの遺伝子を調べると5種類のタイプに分類できます(図2)。ひとくちにトリプルネガティブといっても、そのなかに抗がん剤がよく効くタイプやそうでないものが混在していると考えられます。具体的には、トリプルネガティブ全体の3~5割程度の患者さんは抗がん剤治療によく反応し、病理学的完全奏効(pCR)という、完全にがんが消えた状態になります(図3)。この人たちは再発リスクが低いといわれますが、がんが完全には消えなかった人(pCRには至らなかった人)は再発率が高い傾向にあります。術前化学療法が有効だった人は予後良好、無効だった人は予後が悪いことが多いのです」(図4)

アンスラサイクリン系とタキサン系を併用

[図5 トリプルネガティブに使われる薬物療法]
図5 トリプルネガティブに使われる薬物療法
 
[図6 投与スケジュールと投与量]
図6 投与スケジュールと投与量

*投与量は「患者さんのための乳がんガイドライン2009(日本乳癌学会編)」より

前述のとおり、抗がん剤が奏効すればトリプルネガティブといえども予後が良い。術前化学療法によって、完全にがんが消えたpCRの状態に持ち込むことができるかどうかがきわめて重要となる。

杉江さんは術前化学療法について、「腫瘍が縮小するかどうかの具合を見ながら薬の効果の確認ができること、腫瘍の縮小によって温存手術が可能になること、予後予測が可能になることから、行うケースが増えています」と話す。トリプルネガティブの化学療法で使われる抗がん剤は、まず、アドリアシン()やファルモルビシン()などアンスラサイクリン系薬剤。次のようなレジメン(薬の組み合わせ)がある(図5・図6)。

「AC療法」:アドリアシン(A)+ エンドキサン()(C)
「EC療法」:ファルモルビシン(E)+エンドキサン(C)
「FEC療法」:5-FU()(F)+ファルモルビシン(E)+エンドキサン(C)

これにタキソール()、タキソテール()などタキサン系薬剤を併用するのが基本で、FEC療法にタキソテールを加えた「FEC→T療法」、AC療法にタキソテールを加えた「AC→T療法」を実施することが多い。

「主流になっているのはFEC→T療法です。この治療法は副作用も強くなるため、年齢的には65歳以下なら積極的に行いますが、75歳を超えると厳しくなります。65歳~75歳の患者さんでは状態を見て選択します」

高齢の患者さんには「CMF療法」:エンドキサン(C)+メソトレキセート()(M)+5-FU(F)を用いることもある。

「トリプルネガティブでは、それ以外の乳がんに比べてCMF療法の効果が期待できます。CMFの治療成績はFECに比べ劣るのですが、有効例もあり、とくに75歳以上の患者さんには副作用が多少軽いCMFを行うことがあります」

アドリアシン=一般名ドキソルビシン
ファルモルビシン=一般名エピルビシン
エンドキサン=一般名シクロホスファミド
5-FU=一般名フルオロウラシル
タキソール=一般名パクリタキセル
タキソテール=一般名ドセタキセル
メソトレキセート=一般名メトトレキサート

再発・転移時の薬物治療の選び方

基本的に術前治療を行った患者さんには術後治療は行わない。

「今のところ、術後に推奨される治療法はありません。術前化学療法で完全にがんが消えなかった患者さんに、ゼローダ()を術後半年間服用するという臨床試験が進行中であり、その結果が待たれているところです」

再発・転移をきたした際も、治療は化学療法だ。術前化学療法でアンスラサイクリン系・タキサン系の抗がん剤を使っていない場合は、まずそれを使う。

両方とも使用済みの場合、そのうちいずれかが非常に効果的であったならば、同じ薬を再度使うことも考慮されるが、通常は別の抗がん剤を使う必要がある。

たとえば、TS-1()、ナベルビン()、ジェムザール()、ゼローダなどだ。最近出てきたものにハラヴェン()や、分子標的薬のアバスチン()がある。

「アバスチンは米国で乳がんへの適応が取り消されたのですが、日本ではタキソールとの併用で認可されており、無効ということではありません。アバスチンは高血圧や鼻出血、蛋白尿、白血球数や好中球数減少などいろんな副作用があるため、使うならば患者さんの全身状態がいいうちに取り入れることをお勧めします」

ゼローダ=一般名カペシタビン
TS-1=一般名テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム
ナベルビン=一般名ビノレルビン
ジェムザール=一般名ゲムシタビン
ハラヴェン=一般名エリブリン
アバスチン=一般名ベバシズマブ


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