まだ標準治療薬こそないが、アンスラサイクリン系やタキサン系薬剤などが効果的
トリプルネガティブ乳がん患者よ! 術前化学療法で乗り切ろう
川崎医科大学付属病院
乳腺甲状腺外科准教授の
紅林淳一さん
今まで、打つ手がないとされてきたトリプルネガティブ乳がん。
だがここへきて、トリプルネガティブに有効な薬剤が徐々にだが明らかになってきた。
どうやらトリプルネガティブも個別化治療の方向へ向かって進んでいるようだ。
トリプルネガティブ乳がんとは?
「トリプルネガティブ」とは、エストロゲンとプロゲステロンという2種類の女性ホルモン受容体と、HER2というがん細胞の表面に現れるタンパク質の受容体がすべて陰性である、という意味だ。
乳がんは女性ホルモンの影響を受けて増殖するものが約7割。乳がんの大半を占めるこのタイプでは、エストロゲン受容体やプロゲステロン受容体をもち、ホルモン感受性がある(陽性)ためホルモン療法が有効である。
またHER2はがんの増殖にかかわる遺伝子で、この受容体が多く発現していれば(=陽性)分子標的薬(*)のハーセプチン(一般名トラスツズマブ)やタイケルブ(一般名ラパチニブ、再発例のみ使用可)を用いた抗HER2療法で高い効果を得ることができる。
つまり、これらが陰性だということは、ホルモン療法や抗HER2療法が効かないため、抗がん剤治療しか選択肢が残されていないのだ。川崎医科大学付属病院乳腺甲状腺外科准教授の紅林淳一さんは、このようなトリプルネガティブ乳がん(以下、トリプルネガティブ)の特徴を次のように話す。
「乳がんの治療は女性ホルモンの感受性とHER2が陽性かどうかでがんのタイプを調べてリスク分類を組み合わせ、病型を把握して最適な治療方法を選ぶ、いわゆるターゲットを狙って治療をしますが、トリプルネガティブではそれができないわけです。手術後1~3年で再発することが多く、術後5年までの死亡率が高いのも特徴的で、トリプルネガティブは予後(病気の治療後の経過)が悪く厄介ながんとして知られています」
*分子標的薬=体内の特定の分子を標的にして狙い撃ちする薬
術前化学療法が効くと予後良好
予後不良とされるトリプルネガティブだが、一方で興味深い研究発表もある。アンスラサイクリン系薬剤とタキサン系薬剤を用いた術前化学療法で、病理学的な効果を調べるとトリプルネガティブのpCR率(病理学的完全奏効率)が比較的高く、さらに奏効(効き目が現れること)した患者では予後が良好だというのだ。逆に、効かなかった例ではその後の経過が非常に厳しいこともわかってきたと紅林さんは説明する。
「トリプルネガティブは術前化学療法で反応がいいのに予後が悪いという点が注目されました。トリプルネガティブ全体でみると予後は悪いのですが、ある程度抗がん剤が効くので、術前化学療法でpCRになった(かなりよく効いたというレベル)トリプルネガティブの予後はいいといえます。ということは術前化学療法によってpCRにもっていくのが非常にいい治療であるという考え方もできます」
うまく抗がん剤が効いた人はトリプルネガティブといえども予後がいい。だからトリプルネガティブの術前化学療法はほかの乳がんにもまして重要視される。
「おそらくトリプルネガティブのなかには、抗がん剤の感受性のいいものとそうでないものがあるでしょう。そうでないものは再発率が高い。それも早期に再発して患者さんの命を縮める可能性があります。トリプルネガティブでは術後3年以内の再発死亡が多いとされていますから、最初の3年で勝負がついてしまう。最初に徹底的に叩いておかなければいったん再発したらあとがない。術前化学療法をしっかりすることが大切です」
トリプルネガティブの化学療法剤
トリプルネガティブの化学療法には標準治療というべきものがなく、それぞれの施設が独自の治療手順で行っているのが現況だ。
多く使われるのは第1選択薬としてアドリアシン(一般名ドキソルビシン)、ファルモルビシン(一般名エピルビシン)といったアンスラサイクリン系薬剤、次にタキサン系薬剤のタキソール(一般名パクリタキセル)、タキソテール(一般名ドセタキセル)、そのほかにナベルビン(一般名ビノレルビン)、5-FU(一般名フルオロウラシル)、TS-1(一般名テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム)、トポテシン(一般名イリノテカン)、ゼローダ(一般名カペシタビン)などだ。エンドキサン(一般名シクロホスファミド)はアンスラサイクリン系薬剤との併用で用いられる。
「ほかに私たちにはジェムザール(一般名ゲムシタビン)が効いた経験がありますが、その多くはパラプラチン(一般名カルボプラチン)との併用です。アンスラサイクリン系、タキサン系、ジェムザールと順番に使っていき、効かなかった場合の選択肢として、これらの薬剤が選択されますが、残念ながらナベルビンやトポテシンなどが効いた例はなく試行錯誤の状態です」
川崎医大病院のレジメン(治療内容手順)を見てみよう。
「私たちはまずEC療法というファルモルビシン(=E)、エンドキサン(=C)を併用する方法を行います。両者とも殺細胞性の強い薬剤です。ファルモルビシンの代わりにアドリアシンを使うAC療法もありますが、アドリアシンは心毒性(*)が強いのでファルモルビシンが使われることが多いようです」
次に用いるのはタキサン系薬剤。EC療法やAC療法のあと、続いてタキサン系薬剤を使うという順で行う方法は、その有効性が認められており、日本の多くの施設で実施されている。川崎医大病院ではEC療法3週間ごと4回、その後タキソテールとフルツロン(一般名ドキシフルリジン)を併用して4回行い、その終了後に手術を行う。
しかし、紅林さんは「タキサン系薬剤は慎重に使用すべき」と指摘する。というのはEC療法で腫瘍が小さくなったものがタキソールを使い出したら突然大きくなったという報告があり、臨床の場ではときおり経験されるケースだという。紅林さんも患者さんが落ち着いた状況ならば使用し、症状が強く出ているときは見送ることもあるそうだ。
「これはある一部の例でタキサン系は効き目が悪く、むしろ増殖を助ける働きがあるのかもしれないということです。そういう理由からタキサン系薬剤をトリプルネガティブに使用することに疑問視する見方もあります。タキサン系薬剤を使ってはいけない人はどういう人なのか、前もって知ろうとする試みもあり、将来的には解明されるでしょう」
もう1つ興味深いものとしては、EC療法のCにあたるエンドキサン。DNA障害性が非常に強い薬で、ゼローダと併用することでエンドキサンの殺細胞性を増強するのではないかと考えられている。「今のところ有効性は証明されていませんが、エンドキサンの効果をゼローダで高めるということは理論上ありえることです」
*心毒性=うっ血性心不全、虚血、不整脈、伝導障害、心膜炎など、心臓に障害をもたらすもの
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