側方郭清を省略しても治療成績は同じ
局所再発を抑える 下部直腸がんの術前化学放射線療法
局所進行した下部直腸がんでは、手術時に直腸の左右にある側方リンパ節を切除する側方郭清が標準治療となっている。ただ、直腸周辺には、排尿や性機能などに関わる大事な神経が走っているため、側方郭清を行う際に傷つけてしまう可能性がゼロではない。そうした中、注目されているのが側方郭清を省略して術前に化学放射線療法を行う治療法だ。
進行した直腸がんとは?
大腸には、主に水分を吸収する結腸と、肛門に近く、主に便を貯める役割の直腸がある。また、直腸は3つの区域に分けられ、最も肛門に近い部分を下部直腸と呼び、そこにできた下部直腸がんは進行すると、局所で再発しやすいことが知られている。
では、そもそも局所進行した下部直腸がんとは、どういった状態を指すのか。
直腸がんでは、大腸粘膜から発生したがんが粘膜下層、固有筋層、他臓器のどこまで浸潤しているか(T分類)、リンパ節転移の有無(N分類)、遠隔転移の有無(M分類)を組み合わせてステージが決まるが、東京大学医学部附属病院腫瘍外科講師の川合一茂さんによると、筋層に浸潤しているT2以上を基本的には「進行がん」と呼ぶという。
「T2でも他に転移がなければⅠ(I)期に分類され、手術単独でも治る方が多いです。ただ、Ⅱ(II)期以上になると、再発率も高くなってくるので、そういった再発をいかに抑えるかが重要になってきます」
局所再発をいかに抑えるか
同じ大腸がんでも、結腸がんと直腸がんでは、再発の形式も異なるという。
「結腸がんでは肝転移、続いて肺転移、3番目に腹膜播種というタイプの再発が多いのに対して、直腸がんでは、肝転移に続く肺転移の頻度がやや高く、その次に局所再発が多いのが特徴です」
川合さんによると、直腸がんに多い局所再発にも、2つのタイプがあるという。1つは、直腸の左右にある側方リンパ節への転移(側方転移)、もう1つは、がんを切除した周辺部分の再発だ。
とくに、がんが固有筋層を越えて浸潤しているT3以上の局所進行がんでは、側方転移率は7.7~28.8%と高くなることが、大腸癌研究会・プロジェクト研究から明らかになっている。
「側方リンパ節に転移しているがんをそのままにしていると、再発の原因となります。また、手術時には、直腸の後ろにある仙骨や、男性なら直腸のすぐ前にある前立腺、女性なら膣と直腸の間を切り開きながらがんを切除していきますが、切ったところに肉眼では見えないミクロのがんが残っていると、後から再発したりすることがあります」(図1)
そして、残念ながら下部直腸がんが術後に局所再発を起こした場合、治療は難しくなる。
「局所再発の治療は、場合によっては肝転移、肺転移の手術より難易度が高いことがあります。手術で取り切れないケースも多くなりますし、取れたとしても、永久的な人工肛門になるケースも多いのです。そのため、これらの局所再発をいかに抑えるかは、下部直腸がんを治療するにあたっては、非常に重要なポイントです」
欧米と日本で異なる治療法
下部直腸がんに多い局所再発を防ぐ方法には2種類あり、日本と欧米では治療方針が異なる。
「1つは、手術で側方リンパ節を切除する〝側方郭清〟で、日本では標準治療となっています。もう1つが〝側方郭清〟を省略して、その代わりに術前に化学放射線療法を行う治療法です。欧米ではこちらが標準治療であり、全米総合がん情報ネットワーク(NCCN)のガイドラインでも推奨されています」(図2)
では、なぜ日本と欧米で、こうした治療方針の違いが出てくるのか。その理由の1つとして、手術手技の難しさが指摘される。
そもそも、下部直腸がんの手術では、側方郭清を行う場合に、直腸と側方リンパ節の間に、膀胱や前立腺につながる〝骨盤神経〟があるため注意が必要だという。骨盤神経を傷つけてしまうと、手術後に排尿障害、性機能(勃起機能、射精機能)障害が起こってしまうからだ。そこで、まず、がんを含む直腸と間膜の内側にある通常のリンパ節を切除した後、骨盤神経を残しながら、改めて側方リンパ節を切除する必要がある。その際、神経を損傷してしまうケースもあり、術後の後遺症が全くないとは言い切れない。
そこで、川合さんが所属している東京大学医学部附属病院が導入しているのが、側方リンパ節郭清を省略して、術前化学放射線療法を行う治療法だ。たとえどんなに技術が優れていても、神経を傷つけてしまう可能性はゼロではない。明らかな転移がない症例に対しては原則、側方郭清を省略し、術前化学放射線療法を行うことで、局所再発率といった治療成績が同じであるのなら、患者のQOL(生活の質)を考えた場合、そちらのほうが良いのではないか――。このような考えから、同院では、30年程前から、術前に(化学)放射線療法を取り入れた治療を行い、成果を上げているという。
術前化学放射線療法で後遺症を回避
術前化学放射線療法と術前放射線療法の治療成績(無病生存率)
川合さんは、術前化学放射線療法を導入することによるメリットをこう述べる。
「当科では、1985年から、手術の前に(化学)放射線療法を行い、側方郭清を省略する治療法を取り入れています。側方郭清を行う場合と比べて、再発率に差がないことがわかっていますし、術前化学放射線療法では骨盤神経を傷つけることなく治療ができるので、排尿障害、性機能障害が回避できるのが大きなメリットです。また、術前化学放射線療法によって、側方転移以外の局所再発を抑えることができるメリットもあるのではないかと考えています」
同科では、01年と02年に下部直腸がんに対する側方郭清と術前放射線療法について比較検討し、報告している。まず「術前放射線照射」を行ったグループ(22人)と「術前放射線療法+側方郭清」を行ったグループ(23人)を比較した結果、術後5年生存率、無病生存率に差はないことを明らかにした(01年)。
この結果を受けて、次に下部直腸がん115人を、術前放射線療法を行ったグループと行わなかったグループ、側方郭清を行ったグループと行わなかったグループで比較した。その結果、「術前放射線療法+側方郭清なし」グループ(25人)と、「術前放射線療法なし+側方郭清」グループ(22人)では、無病生存率に有意差はないことが分かった(02年)。
その後、術前に行う治療として放射線単独よりも、抗がん薬を組み合わせた術前化学放射線療法(同時併用)を行うことで、無病生存率が向上することが明らかになり、03年からは化学放射線療法を用いた治療を行っているという(図3)。
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