ステージⅡ、Ⅲの直腸がんにはまず化学放射線療法を 進行直腸がんに対する術前化学放射線療法は世界基準
大腸がんは、結腸がんと直腸がんに分かれ、治療方針や治療の難易度も異なりある意味別のがんと言っても過言ではない。骨盤内の狭い領域で治療に当たらなければならない直腸がんは、がんの局所制御と同時に、周囲の神経などを傷つけないようにして機能を温存する必要がある。
そのために有効だと言われる直腸がんへの術前化学放射線療法の効果について、東海大学医学部付属病院消化器外科教授の貞廣荘太郎さんに伺った。
世界基準とは違う日本の標準治療
「直腸がん治療は、できるだけ周囲にある神経や他臓器の機能を保ちながら、再発を防ぐことが大切なのです。世界の標準治療については、NCCN(全米総合がん情報ネットワーク)のガイドラインに示されています。
それは、手術前に化学療法を併用しながら放射線治療(術前化学放射線療法)を行い、その後手術をして、術後に再発予防の補助化学療法を行うか、あるいは、術前に化学放射線療法と全身への化学療法を行なって、その後に手術を行うかの2つの治療法なのです。
東海大学ではこの国際的なガイドラインに沿った標準治療を行ってきました。ところが残念ながら、日本の標準治療は一部異なっていて、〝日本の標準治療〟による治療を行う施設がまだまだ多いのです」
そう説明するのは、東海大学医学部付属病院消化器外科教授の貞廣荘太郎さんだ。
貞廣さんたちは、2019年1月に京都で開催された『第90回大腸癌研究会(JSCCR)』において、『局所進行直腸癌術前化学放射線療法の成績』と題して、その国際的ガイドライに則った治療の有効性について発表した。
ここでは、ステージ(病期)Ⅱ、Ⅲに対する治療の場合とステージⅠに対する治療の場合に分けて説明してもらった(図1b)。
まず、ステージⅡ、Ⅲについて伺っていく。
「日本においても、もちろんがんが大きかったり、周囲にがんが浸潤しているような症例については、手術前に化学放射線療法を行う施設もあるのですが、世界の標準治療である、手術のみで切除可能な症例であっても、化学放射線療法を併用するという治療を行っているところは少ないのが現状です」
米国カリフォルニアの観察研究では、1994年から2009年までの16年間を4年ごとの4つの期間に区切って、ステージⅡ、Ⅲの患者を手術単独治療例(2,988例)と化学放射線療法を併用した例(8,852例)の生存率を比較している(図2)。
これによると手術単独例は生存率には全く改善がみられず、化学放射線療法の併用では着実に生存率が改善した。
「さらに、手術前に化学放射線療法を実施すると、がんが縮小し、本来肛門を残せない患者さんの一部では肛門の温存ができるということもわかったのです」
「これはドイツから発表された臨床試験なのですが、823例を2群に割り付けて、術前化学放射線療法例と術後化学放射線療法例を比較したものです。すると、術前化学放射線療法群のほうが骨盤内の局所再発率が有意(p=0.048)に少ないということがわかりました」(図3)
また、同試験では、肛門括約筋(こうもんかつやくきん)温存ができないと判断された、194例の患者さんのうち、術前化学療法群では39%において肛門括約筋温存手術が可能になり、19%だった術後化学療法群より20%も多く温存ができたという結果だった。
化学放射線療法による腫瘍の縮小率については、貞廣さんたちと他施設で実施された臨床研究報告によると、4種類の抗がん薬投与のどの群においても、腫瘍縮小率はほぼ70%だった。もともとの腫瘍の容積を100とすると30になった状態で手術を受けることができるため、永久的な人工肛門を避けられる患者が多くなることを意味している。
ステージⅡ、Ⅲの直腸がんにはまず化学放射線療法を
それでは生存率についてはどうだろう。
直腸がんの再発形式は、骨盤内局所再発が最も多くて31%を占めていて、肝転移25%、肺転移が23%となっている。
「興味深いことに、化学放射線療法は骨盤に対する局所治療であるにもかかわらず、化学放射線療法の組織学的効果が良い症例では、遠隔転移も少なく、生命予後が良好になっていることがわかったのです。このような症例は約半数あります。
化学放射線療法で原発巣のがんが顕微鏡レベルでも消えることをpCR(病理学的完全奏功)と言いますが、pCR症例では、遠隔転移も少なく生命予後が良好なのです。化学放射線療法によって約18%~20%の患者さんではがんが消失しました」
複数の臨床研究データを集計して解析したメタ解析によっても、これらの患者は遠隔転移も少なく、生命予後が良好であることが示された。
原発巣のがんが消えない場合であっても、ステージが改善したダウンステージ症例においても生命予後が改善したという。このことも同様にメタ解析で確認されている。米国テキサス州立大学MDアンダーソンがんセンターの発表では、pCRとダウンステージを合わせた約50%の患者では生命予後が改善している。
また、貞廣さんたちの臨床研究の成績では、化学放射線療法を行った198例のうち53%(104例)の患者が、原発巣の組織学的効果良好群であり、生命予後も著明に改善していることがわかった。
「効果が良い患者さんと悪い患者さんでは何が異なっているのか、どういう要因で生命予後が異なってくるのかを詳しく調べてみると、効果の良い患者さんに比べて効果の悪い患者さんでは肝転移や肺転移がとても多いということがわかったのです。効果が悪くても骨盤内の再発の頻度は4%と、ほぼ抑制されていることがわかりました」
このように、世界的なさまざまな検証結果によって、現在、世界の医師たちは、ステージⅡ、Ⅲの直腸がんにおいてはまず化学放射線療法を行い、原発巣の組織学的反応が良くない患者に対しては、術後の遠隔転移を防ぐために、効果のある抗がん薬治療の開発を目指していると貞廣さんは話す。
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